良く分からない先輩
ペッと捨てられるみたいにして、廊下へと放り出されたことにより、晴れて自由の身となった訳であるのだが、さてどうしたものかと考える。
定期面談という名の、不定期的な雑談を高槻先生とした訳であるのだが、時間にしてみればそこまでかかった訳でもない。
三十分も話したかどうか、といったところである。
放課後はまだまだこれからと言っても良いくらいで、それは同時に、帰るには些か以上に早すぎるということを意味していた。
まあ、いつも通り、まずは部室に向かうのが安牌だろう。それが、ここ最近のルーティンとなっていたし、
先程は思わず、「空けとけ!」なんて上から目線甚だしい言い方をしてしまった訳だが、もしも大切な用事があったとしたら、それをキャンセルさせるのは、こちらとしても心苦しい。
そこまで考えたところで、ふと思う。今日はいつもより随分身軽だな、と。
そして次いで気付く、鞄が無いことに。
まあ、何だ。
要するに通学鞄を、教室に忘れてきてしまったらしかった。
やってしまったな……と思わず腕を組む。
放課後の教室。それは即ち、一部の仲良しグループがたむろする場所だ。
以前は僕が爆睡かましていたから、遠慮されたのだろうが、基本的にはいつも、多少の生徒が居残って、それなりに楽し気に騒いでいる。
そんな中に、一人忘れ物を取りに行くのは、まあまあな気まずさがあった。
あの扉を開いた瞬間、パッと人目が集まるの、すげぇ苦手なんだよな……。
とはいえ、そんな下らない文句を言っているのも、時間の無駄というものだろう。
嫌なことはさっさと済ませておくに限る。
感情を度外視にした理論を脳内で組み上げ、心の底から湧いてくる「超嫌だな~……」という声をシャットダウン。
意を決して、自然と重くなってしまった足取りのまま、テクテクと教室まで向かっていたのだが、不意に足を止める──というか、止めざるを得なかった。
というのも、見覚えのある男子生徒と女子生徒が、
「凪宇良、悪いんだけど、ちょっと時間をもらえないか?」
「良いわよね? どうせ、暇なのでしょう?」
といったように、僕の前に立ちはだかったからである。
若干二名。片方は我がクラスの誇るバスケ部エース、
名前は……
良し良し、僕にしては、ちゃんとクラスメイトの名前を覚えてるじゃないか……と自分を褒めてやる。
というか、そうでもしないとやってられなかった。
いや、怖いんだよね。普通に怖い。なに? 何で僕は、この二人に呼び止められた訳?
立向はまだしも、瑠璃城に至っては、接点の一つも無いんだけど……。
美男美女のコンビなだけに、完全に陽キャに絡まれた陰キャって感じだった。いやそのまんまじゃねぇか。
比喩すら上手くできない始末である。必死に抑えなければ、全身ガッタガタに震えそうだった。
「えぇっと、その、なんだ? 僕に何か用か?」
「うん、まあ、そうだな。用っていうほどでも無いんだが、少し聞きたいことがあって」
良いかな? と爽やかさを纏う微笑みと共に、立向が言う。
明らかに「少し」で済む感じの雰囲気ではないのだが、ここで断れば、それこそ色々と面倒になりそうだ……と頷けば、瑠璃城が眉を顰めた。
「日向くん、迂遠な物言いはやめなさい。断られても面倒でしょう──それに、凪宇良くんも。用件くらい、察しがついているでしょう。素知らぬ顔をするのは、やめてもらえるかしら。見ていて腹が立つわ」
「ちょっと言葉の攻撃力が高すぎない? 僕が何したって言うんだよ……」
初対面とは言わないが、話すのが初めての相手に投げかけて良いレベルのチクチク具合ではなかった。傷つく、傷ついちゃうから!
攻撃性を露にするにしても、せめて立向くらいのやんわりさで来てほしい、と切に思う。
「まあまあ、落ち着けよ、瑠奈。悪いな、凪宇良。瑠奈のやつ、さっきから神騙さんがとられたって、気が立ってるんだ」
「日向くん! 余計な事言わないで!」
ぱしぱしと立向に蹴りを入れる瑠璃城。少しも痛くなさそうなそれは、暴力というよりは一種のじゃれつきのようだった。
……いや、なにこれ? 急に絡まれたと思ったら、謎のイチャつきを見せられ始めたんだが……。
どういう角度の嫌がらせなんですかね、これは……。
「ははっ、いやいや、悪いな。でも、気が立ってるのは俺も同じでさ。瑠奈の言う通り、その理由くらい、凪宇良にだって分かってるだろ?」
「え、えぇ……もう理不尽な予感しかしないんだけど……」
完全に獣とかがやるタイプの威嚇行為だった。まさか人間相手にされるとは思わず、一瞬身構えてしまう──いや、ある意味では、人間らしい行動ではあるのか。
人気者と言わずとも、彼らからしてみれば、文字通り友達を奪われたみたいなもんだしな。
それも、相手は得体のしれない僕である。
友達の一人もいないことから、どういう人間であるのかすら、彼らは知ることも出来なかっただろう。
不安というのは、考えれば考えるほど、肥大化するものだ。
特に、誰かを思ってする心配や不安というのであれば、なおさら。
まあ、それはそれとして、個人的なことを言えば、勘弁して欲しいとしか言えないのだが。
知らないだろうが、僕はストレスにすこぶる弱いんだぞ。
もう全部放り出してふて寝したいまであるレベル。
「さっきの神騙さんへの強引な態度と言い、凪宇良お前、神騙さんの弱みでも握ってるんじゃないのか?」
「弱み!? 僕が!? 仮にそうだとしても、どう考えてもそれは、僕が握られてる側だろ!?」
「もしそうだとしたら、俺たちは絶対に君を許さない」
「全然僕の話を聞いてない割には感情がでっけぇな……」
それ丸ごとぶつける前に、もうちょっとくらい吟味してみない?
天地がひっくり返っても、僕が神騙を良いように引っ張り回す図なんて、想像すらできないだろう──なんて思うのは、しかし、僕だからこそなのだろう。
僕が彼らを知らないように、彼らは僕を知らないのだから。
神騙との関係だって、僕以上に、彼らには奇怪なものに見えて仕方ないに違いない。
しかし、どうしたものかな。と腕を組む。
ここで何を言ったとしても、プラスに捉えられることはなさそうである。
「あれ? 神騙さんの彼氏クンじゃん。ああ、いや、彼氏じゃなくて、夫クンだっけ?」
押し黙っている訳にもいかず、されどもあーでもない、こーでもないと、無難な言葉選びをしていたら、不意に背中から、聞き覚えのある声がかけられた。
振り向けば、視界に入ってきたのは中途半端なイケメンだった──見覚えのある、男子生徒だった。
その顔を見ただけで、この僕が、「あ、先輩だ」と分かってしまったと言えば、それが誰であるのか分かるだろう。
「それに、日向に瑠奈ちゃんも。何々、仲良いの……って感じでもないか。どしたん? 喧嘩?」
「し、
瑠璃城が言い淀みながら、目を丸くして先輩(椎名先輩と言うらしい。当たり前だが、今初めて知った)を見る。
どうやら二人は、この先輩と知り合いらしい。
「いや、そういう感じでもねぇか。ふぅん……おい、日向。あんまダセー真似してんじゃねぇぞ──大体、夫クンはなぁ、神騙さんとガチ恋カップルなんだよ! 分かるか!?」
「いやあの、あのあのあのあの、誤解誤解! カップルじゃないんだってば!」
「良いって良いって、恥ずかしがらずとも。何せ、あの神騙さんが、デレッデレに抱き着いてたくらいなんだぜ? 俺の目は誤魔化せないね。
この前絡んじまったのも、申し訳ねぇと思ってたところだし、この二人は俺に任せて、夫クンは神騙さんのところに行きなっ!」
「いや、だから──」
「ふっ……夫婦は一緒にいるもの、だぜ」
う、うざ……という一言をグッと飲み込み、最早去るしかなくなった選択肢を渋々選び、頭を下げて間を抜ける。
……まあ、助かったと言えば、助かったのかもしれないのだが。
何だか良く分からない先輩だな、と思った。
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