(不)定期面談
「急いでもらっておいて悪いんだけど、別に大層な用はないのよね。強いて言うのなら、定期面談ってところからしら?」
「定期面談」
「ほら、アンタって結構メンタルダメじゃない? だから、そう言った意味での、面談的な……」
「……! 完全に精神疾患者の扱いをされている!?」
しかも明らかに、気まぐれから発生したイベントだった。これまで一回だって、こんな場を用意されたことなんてないんだが……。
仮にも国語の教師なのだから、定期の意味くらいちゃんと調べて使ってくれないか……と切に思う。
それに、そもそも高槻先生自体、面倒ごとを嫌うくせに、こういう気まぐれを時折発生させるのだから、効率的な人間なのかどうかも、微妙に判断しづらかった。
とはいえ、何も理由が無いという訳ではあるまい。加えて、呼び出された場所が職員室ではなく、僕ら以外には誰もいない、生徒指導室な辺り、プライベートな理由ではありそうだった。
何だろう、急に人肌恋しくなっちゃったのかな。
話し相手くらいになら全然なるので、そうならそうと最初に言って欲しかった。
無言で生徒指導室に叩き込まれるの、マジでビビるからさ……。
全く身に覚えがなかったせいで、心底不安になっちゃったじゃねぇか。
「それに、
「うお……かなり怠い親戚がしてくるタイプの詮索だ……」
「うっさいわね!? これでも、アンタを心配してやってんのよ。特に、アンタは人付き合いが、すこぶる苦手なんだから」
「そ、それは……そうなんですが……」
ぐうの音も出ないくらい真っ当な理論によって、押し黙る他なくなる僕だった。残念ながら、反論の余地すら無いので、項垂れるしかない。
人付き合い、苦手とか言うレベルじゃないからな。
コミュ力が低いだとか、対人スキルが低いだとか、茶化した言い方はしているが、結局のところはそれに尽きる。
そんな僕に、ちっとも嫌な顔をせず、むしろ好意的に迫ってくる神騙が異常なのであった。
こういう時、上手く人と付き合える人間というのは、ある程度は受け入れて、ちょうど良い距離を見つけたりするのだろうか。
「それで、実際どうなのかしら。上手くやれてるの?」
「まあ、それなりには。悪くはないんじゃないですか?」
「曖昧なことしか言わないわねぇ、アンタは。」
「生憎、曖昧な人間関係しか築けてこなかったので」
「馬鹿の言い訳してんじゃないわよ……」
言葉の通り、馬鹿を見る目を惜しげもなくぶつけてくる高槻先生だった。そこには諦めの色も混ざっているあたり、僕のことをよく理解しているなあ、と場違いにも感心してしまう。
僕の解像度が上がってきてるようで何よりだ。
「ま、でも良いわ。悪くないのなら結構。その調子で頑張んなさい」
「先生って良いか悪いかってより、悪いか悪くないかで判断しがちですよね」
「んー? まあ、そうね。なに? 気に入らなかった?」
「いや、そういう訳じゃないんですが……」
僕としては有り難い限りであるのだが、しかし、教師と言うのは、正しいことを教える職である、というイメージがあるだけに、型にはまらない人だよな、と思う。
尊敬すべき人ではあると思うが、教師らしくはないと言うべきか。
「物事の良し悪しってのはね、物差し一つで測れるものじゃないのよ。ただでさえ、教師ってのは、親に次いで子供に影響を与えやすい大人なんだから。こっちだって、慎重になるに決まってるじゃない?」
「うわっ、急に面倒臭そうな価値観出てきた!」
「アンタねぇ……大人ってのは、往々にして面倒なものなのよ。特に、アンタみたいなクソガキであればあるほど、より面倒な大人になるもんなの」
「ものすげぇ嫌な未来予知来たな……」
その理論で行くと、ハチャメチャに面倒な性格をしている高槻先生の子供時代は、相当なクソガキだったということになるのだが……。
いや、まあ、割と容易く想像できるので、間違っている訳ではないのかもしれないのだが。
むしろ、かなりのクソガキであったというのに、立派に教師をやれている時点で、誰だって何にでもなれる可能性を秘めているということを、その身を以て、体現していると言っても良いのかもしれない。
多くの子供に夢と希望を与えられそうな高槻先生だった。ヒーローか何かか?
まあ、その実態は、売れないバンドマン系のヒモを飼っている、アラサー手前女子であるのだが……。
世の中、上手くバランスが取られているもんだな。
天に何物も与えられてそうな神騙ですら、頭のネジが滅茶苦茶抜けてるんだもんな。
神騙が歩く度に耳を澄ましてみれば、カランコロンと、頭の中で転がるネジの音が聞こえそうなもんである。
何だかちゃんと幸せになれなさそうな二人だった。
見てて心配になってきちゃうんだけど……。
「突然人を哀れむような目で見るのはやめてくれるかしら!? この場で一番哀れなの、アンタだから」
「それはどういうことなの!? ねぇ……僕は全然可哀想じゃないんですけど? あの、ちょっと?」
「……ふっ、大丈夫よ。いつか友達の一人か二人くらい、ちゃんと出来るからね」
「そんなに優しさに満ち満ちた声、出せたんですね先生……」
後それはちゃんと傷つくやつだから控えて欲しかった。良いのか? 僕はこの場で泣きながら転がることくらい、余裕なんだぞ。
そんな意思を込めて睨めば、『そうしたら動画撮って、Twitterにでもあげてやるわよ』という無慈悲な解答を無言で叩きつけられた。
教師の姿か? これが……。
「まあでも、そうね。ここは一つ、教師らしくアドバイスでもしておこうかしら」
「アドバイス? ヒモと付き合うのはやめとけ、みたいな?」
「グーで殴るわよアンタ!? ……コホン。変なやつの周りには、変なやつが集まるもんよ。だから、観念してその縁を大切になさい」
「せ、先生……それただの僕への悪口じゃない?」
ちょっと良いこと言った風の雰囲気だったが、内容としてはただの悪口だった。
あの、ちょっと? もうちょっと良いこと言えなかったの? という僕の抗議は無視され、普通に生徒指導室を追い出される。
「それじゃ、学生らしくゴールデンウィーク楽しむことね。ばいばーい」
「いや、えっ? あの……あの先生、言いたいことだけ言って去って行きやがったな……」
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