デートのお誘い
ゴールデンウィーク。
それは出会いと別れの季節と謳われるように、何かと変化の多い四月を乗り越えた者にだけ与えられる、少しだけ長い連休である。
誰にだって、馴染みのあるイベントではあることだろうし、嫌いな人なんて、それこそ探しでもしないといないんじゃないだろうか。
それはもちろん、普通の学生である僕も例に漏れることはないのだが、しかし、さてどう過ごしたものかと、悩みどころでもあった。
自由な時間が豊富にあるということは、同時にどう上手く使うかを、問われていることと同義である。
一日中寝て過ごすのも悪くはないだろうが、そういうことは偶にやるから良いものであり、連休全てをそんな風に費やすというのは、些か以上に勿体ないというものだ。
何も特別な思い出が欲しいという訳ではないが、無駄にしてしまったな、という感想は残したくない。
いずれにしろ、何かしら有意義に過ごせたなと、後から思えるようなことをしたい。
そんな、誰しもが思うような極々一般的なことを考えていた矢先に、渡された乗車券というのは、紙ぺらのくせにして、それ以上の質量を持っているような気がした。
失くしても困るので、取り敢えず財布に入れておいたのだが、重くなった気分と同調するように、ズシリとした重みを与えてくるかのようである。
す、捨ててぇ~……。ビリビリに破ってゴミ箱にシュートしてぇ~~……!
あまり地理に明るくないせいで、これ何処だよって感じの行き先だったし、シレッと日付がゴールデンウィーク初日というのが、何とも言えない圧力を感じて仕方なかった。
多少楽しい思いをしたいと思っていたのは事実だが、別に遠出がしたかった訳でも無いし、こんな怪しい展開に巻き込まれたかった訳じゃないんだよね。
はぁ、とため息を吐けば、隣に座る
それに、首を振って、何でもないことを伝え、頬杖を突いたまま、窓の外へと目をやった──場所は、既に喫茶店を離れ、学校だった。
連休前であっても、何一つ変わらない授業の最中である。
我が担任、
とはいえ、教室内の雰囲気は、多少なりとも浮足立っているようには思えたが。
何せ連休前だ。僕と違って、友人は一定数以上いるであろう、クラスメイト達の興奮というのは、僕のそれを遥かに凌駕するだろう。
何をしよう──という思考よりかは、アレがしたい、コレがしたいと、色々考えているに違いない。
いやはや、妬ましいものである。おっと間違えた、羨ましいものである。いやこれあんまり変わってねぇな……。
己の器の狭さに静かに涙しながらも、しかし、さてどうしたものかと考える。
神騙には、まだ乗車券について、話してはない。
どう話したものか悩んだ結果、未来の僕に丸投げした結果だった。お陰で、本日最後の授業に至ってまで、未だに話せていないという訳である。
後回しにしすぎたせいか、妙に緊張しちゃうのが困ったところだな、なんてことを思う。
どう考えても早めに話しておいて、神騙の予定を先に埋めとくのが正解なんだけどな……何度も説明してしまうようだが、神騙は学校中の人気者である。
高嶺の花であり、クラスのマドンナであり、学校のアイドルである……みたいな、そういった表現を良くされる美少女だ。
僕のように、連休が白紙のままであることなんて、まあ有り得ないだろう。
休みの終わりまで、しっかり埋まっているはずである──うん? そう考えたら、既に手遅れなのでは……?
参ったな……いや、別にこれが、僕自身が購入したものであるのなら、最悪無駄にしたって構わないのだが、そうでないのだから、困ったものである。
普通に考えて、感じる必要は全く無い義務感を感じてしまって仕方がない。
クソッ、僕は結構神経質な性質なんだぞ……!
あんまりストレスをかけないで欲しい、折れちゃうからね、心が。
「はい、ありがと。それじゃあ次……そうね、そこの馬鹿。じゃなくって、
「はい……ん? ちょっと待って? 今馬鹿って言わなかった? 脈絡のない罵倒は良くないですよ? 先生」
「あらあら、何のことかさーっぱり分からないわね~」
「こ、このクソ教師……!」
絶対に「馬鹿」って書いて「なぎうら」って読みましたよね……!? と問い詰めたかったのだが、不意にクラスメイトの視線が矢のように突き刺さっているのを感じ、大人しく読み上げることにした。
注目は僕の弱点だからな。ついでに陰口までセットされたら、その場に頽れる自信がある。
小声で、「あいつ、高槻先生まで誑し込んでるのか……」とかいうヒソヒソ会話まで聞こえてきた辺りで、普通に天井見上げそうになったもん。
ていうか、誑してるってなに? 悪意のある噂すぎるだろ。
僕の知らないところで、明らかに風評被害が広がっていた。
この借りはいつか、絶対に返させてもらおう……と幾度目かの決意を胸に仕舞い、指定されたところまで読み上げる。
そうすれば、「はい、ありがと」なんて定型文に重なるように、授業終わりのチャイムが鳴り響いた。
授業中特有の、張りつめていた空気が弛緩する。
高槻先生は少しだけ、「あー、でもこれだけは終わらせたいのよね……」という顔をしたが、「まあいっか」と即断したようで、そのままホームルームに接続した。
基本的に、高槻先生のホームルームは手短に終わる。最低限の連絡事項だけ済ませたら、後はもう解散だ。
帰りの号令が響き、本日のタスクが全て消化される。一応、この後部活も残っているが、活動内容なんて無いも同然だからな。
鍵開けだって、もう既に終わってしまった。流石に、三週間以上もあれば、終わって当然というものである。
全く何も無かったという訳でもないが、まあ、その話はまた今度。
サクッと神騙に話しておきたいのだが、例によって例の如く、いつものように神騙はクラスメイトに囲まれていた。
明日からの予定がどうこう、みたいな話がちらりと聞こえて来て、少しだけ焦るのと、
「凪宇良! この後話があるわ、さっさと来ることをオススメするわよ」
という、脅しにも近い言葉が投げかけられたのは、同時のことであった。
出来れば神騙の予定を抑えたい僕VSさっさと高槻先生に従っておきたい僕VSダークライって感じである。
何だか無駄に慌ててしまい、思わずそっと神騙の手を取った。
「神騙!」
「へ? 邑楽くん? どうし──」
「明日、予定空けとけ。良いな?」
「は、ひゃい……」
珍しく顔を真っ赤に染める神騙を横目に、良しっ、と頷き高槻先生の下へと向かう。
そうすれば高槻先生は、
「あんた、本ッ当にそういうところよね……」
とため息交じりに言うのであった。
いや、どういうところだよ。
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