何度目かの朝ご飯


 青春は、劇的でなければ始まらない。

 そんなことを、昔誰かに言われたような気がするのだが、しかし、今改めて思い返すとなると、やはり劇的である必要はあまり無いなと思う。


 というか、劇的であればあるほど、心臓が持たないというか、冷静でいられないので、是非とも青春というものは、平穏無事なものであってほしい──なんてことを考える朝五時半。

 いつもよりは、少しだけ遅い時間に、僕は朝食へとありついていた。


 場所は一階の居間。机に僕らは、向かい合って座っている。


 無論、口に運ばれているのは、言うまでもなく、いつもの菓子パン──ではない。手に取った直後に取り上げられた、小型の六個入りクロワッサンは、神騙かんがたりの手によって棚へと戻されていた。

 では何を食わされているのかと言えば、サンドイッチである。


 当たり前のように、「ほら、作ってきてあげたから。こっち食べて?」と渡された、表面をこんがりきつね色に焼かれたサンドイッチである。

 間には野菜や卵、ハムなんかが挟まれていて、テンプレートチックでありながらも美味しく、バランスの良い朝ご飯だった。


 まだ温かいのは、神騙の家とそう距離が離れていないからだろう──現在、一人暮らしである神騙の住む家は、ここから歩いて十分ほどのご近所さんだ。

 これを良いことであるのか、悪いことであるのかは、未だに測りかねているところである。


「ん、流石に美味しいな。ありがとう」

「どういたしまして。お昼もちゃんと用意してあるから、真面目に授業受けるんだよ?」

「お前は僕のお母さんかよ……悪いな、色々と世話になってる」


 まあ、正確に言うのなら、朝も昼も頼んだ訳ではなく、酷く突き放した言い方をするのであれば、神騙が勝手にやっていることであるのだが、しかし、だからと言って、それをぞんざいに扱うというのは、些か以上に失礼というか、不義理というものだろう。

 何せ、その身勝手さに恩恵を受けているのだから。迷惑さが勝らない限りは、有難いと思うべきだし、それは言葉にするべきものだろう。


 当たり前ではないことを、当たり前だと思ってしまうことが、一番良くないことだから。

 昨日まであったものが、今日にはなくなっている。現実は意外と、そういったことが平気で起こるものだ。


「お母さんじゃなくて、お嫁さんでしょ?」

「まるで僕が間違ってるみたいな言い方はやめないか? いや、どちらにしろ違うんだが……」

「まあ確かに、今はまだお嫁さんとは言えないかもしれないけれど……だって、どう見てもカップルだもんね」

「どう見てもカップルでも無いんだが?」


 何が何でも僕の伴侶になろうという意志が強すぎる神騙だった。朝から受け止めるにはちょっとカロリーが高すぎる。

 頼むから、もう少しくらいは控えめにしてくれないだろうか……いや、しおらしい神騙は、それはそれで似合……わないこともないが、どう対処したら良いのか分からないので、そのままでいて欲しくもあるのだが。


 難しいところである。

 ちょっとテンションを下げるくらいで手打ちにしたい。


 モグモグとサンドイッチを片付けて、手を合わせてごちそうさまをする。

 そうすれば、「お粗末様でした」と神騙はにっこりと笑った。


「きみは、朝はいっつもこうやって、一人で食べてるの?」

「いっつもって訳じゃないけど、大体はそうなる。旭さんと沙苗さん……親はまだ寝てるし、愛華はあれで、かなり朝に弱いからな」

「あー、だから愛華ちゃん、すぐにお部屋に戻って行ったんだ」

「ま、そういうことだ。つっても、あと30分もすれば、起きてくるだろうけど」


 愛華の活動開始時間は、大体六時からだ。それはそれで、僕からしてみても早い方ではある。

 というか、僕は元々こんなに早起きな人間ではない。むしろ、愛華と同じで朝には弱い方であり、二年ほど前の僕が、今の僕を見れば、本当に自分であるのか、真剣に疑ってしまうことだろう。


「でも、きみが早起きかあ……意外というか、あんまり似合わないね。それにほら、目のクマも薄っすらあるよ?」

「似合わないは余計だ……仕方ないだろ、寝ても消えないんだから」

「寝る時間が短いんだよー。いっつも何時に寝てるの?」

「日付が変わるくらいだけど……おい、全然信じてない目をするのはやめろ」


 ビックリするくらい、嘘吐きを見る目を向けてくる神騙だった。こんな下らない嘘を吐くわけないだろ……!

 そもそも、全然寝てませんよアピールを自慢げにするような時期は流石に超えた。


 数多くの黒歴史の上に立っている僕を嘗めるなよ。


「急に誇らしい笑顔になったのは良く分からないけれど……それじゃあ、きみは熟睡が出来てないんだ」

「捉え様によってはそうなるかもしれないが、実際のところ、そんな深刻になることじゃない。別に、全く寝れてないって訳でもないんだしな」

「ダーメ。そうやって、小さな困りごとは放置しちゃうの、きみの良くない癖だよ。そうやってすぐ積み上げて、いつかパッタリ潰されちゃうんだから」

「真面目な顔で怖いこと言うなよ……ほら見ろ、怯えてきちゃっただろうが」


 カタカタとマグカップを持つ手が震える。軽率に人を脅すのはやめて欲しかった。

 そんな僕を、ふむんと顎に手を当てて、考え込むように見る神騙が、不意にポンと手を叩いた。


「それじゃあ今度、一緒に寝よっか? それならきみも、安心して寝れると思うな!」

「お断りだ。というかそうなったら僕の場合、熟睡じゃなくて気絶してるだけだろ……」


 名案! みたいな顔して馬鹿なこと言うんじゃないよ。

 呆れた顔になった僕に対して、しかし神騙は満面の笑みで、「決定だねっ」と声を弾ませるのだった。

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