早朝の彼女


 ふわりと朝日に照らされる亜麻色の髪は、最近ようやっと見慣れたものであるのだが、それでも見る度にドキリとしてしまうのは、もう今更どうしようもないことなのだろうと思う。

 美しいものは美しい。それは、僕がどのような見方をしても変わらない事実であり、神騙かんがたりがどれほどの異常者であろうとも、やはり不変の事実なのである。


 だから、純粋に朝から眼福だなとは思ったものの、冷静になって来た思考回路は、やはり同じ疑問を弾き出すだけに終わった。

 つまり、何故神騙かがりはこの家にいるのだろう……という、真っ当な疑問である。


 考えても納得のいく答えは出そうになかったし、聞いたところで納得できる答えが返ってくるとも思えなかった。

 まさか、本当に不法侵入をかましたんじゃないだろうな……? なんて思っていれば、そんな内心を読み取ったかの如く、神騙は深々と、大袈裟にため息を吐くのであった。


「不法侵入なんてしませんっ。というか、するしない以前に、出来る訳ないでしょ? きみは本当に、わたしを何だと思ってるのかなあ」

「そりゃ頭のぶっ飛んだ女だと思っているが……」


 逆に、何をどうしたら真っ当な人間であると、僕から思われてると思うのか、不思議でならないくらいであった。

 何ならこれまでの人生でも、間違いなく飛び抜けて頭のおかしい人である。


 いや、確かに僕の対人スキルは低いことこの上ないし、人脈だって広いとはお世辞にも言えないから、単純に経験やら知見が足りていないと言うだけかもしれないのだが……。


 しかし、それにしたって、初対面の同級生を相手にいきなり、「貴方の前世の妻です」なんて妄言を言い放ち、その後はそれを理由に、平然と距離を詰めてくるような人間は、探したってそうはいないだろう。


 というか、いてたまるかという話である。

 世界でたった一人級の変人だった。


 仮にもう一人、神騙みたいなのが現れてしまったら、脳がパンクして倒れてしまう自信すらある。


「ま、何でも良いんだけど……いや、良くはないんだが、文句を言ったって仕方ないからな。今回だけは、不問にしてやるよ。どうせ、愛華あいかの差し金だろうし」

「わぁ、流石兄妹。そういうのって、やっぱり分かるものなんだね」

「兄妹ってのは関係ないだろ。ただ、付き合いだけは長いからな」


 藍本あいもと愛華──つい一年前に妹になったばかりの彼女は、その前までは、それなりに仲の良い従姉妹であった。

 だから、結果を渡されれば、そこからどういう思考でこうなったのか、逆算することくらいはできる。


 特に、愛華はその辺の思考の流れが、キッチリと定まっているからな──そう、例えば愛華は、貸し借りがある状態をあまり好まない。 

 出来るだけすぐに清算しようとするし、実際そうしてきたのを知っている。


 元より、大人しい言動に騙されがちなだけで、愛華はかなりアクティブな女性だ。

 察するに、以前料理を教えてもらったお礼に、家に招いた……ある意味では、僕を売ったのではないだろうか。


 神騙がこの通り、僕に対しての距離感がバグっていることを、愛華は知っている訳だしな。

 後で滅茶苦茶に文句を言ってやろう……と心にそっとしまいこみながら誓った。


「あはは……でも、愛華ちゃんを怒らないであげて欲しいな。結局、誘いに乗ったのはわたしなんだから」

「別に、怒る気なんて最初からないよ。ただちょーっとだけ、チクチクしようかと思っただけだ」

「それはそれで、微妙に申し訳ないんだけど……ほら、ぎゅーってしてあげるから、機嫌直して?」

「まるで代わりにみたいなニュアンスで言ってるけど、それは神騙がしたいだけなやつじゃない? ねぇ、ちょっと……聞いてる? あの、神騙さん?」


 おい……無視するんじゃない! と問い詰める態勢に入った僕を、問答無用で神騙は抱きすくめた。

 するりと回された細腕から、ちょっと驚いてしまうくらいの力強さで引き寄せられる。


 当然ながら、寝起きである僕は普通に寝巻きであり、神騙は制服だ。

 糸くずとか色々ついちゃうんじゃ……と思ったが、されてる僕が思わずムッと黙ってしまうくらい、幸せそうに頬擦りをしてくるものだから、結局抵抗の一つも出来ず、受け入れるほかなかった。


 というか、別に不機嫌でもなんでもないんだけどな。

 諦めの境地まで来てるんだよ、神騙に関してはよ。


「久し振りの、寝起きのきみだあ。あったかくて、気持ちいい……もう離れられないよ~」

「何かちょっと変なトリップしてない? 大丈夫? 完全にキマッてる人の台詞になってきてるんだけど……」

「んー、えへへ。わたしはもう、きみに病みつきですっ」

「僕の知らないところで、勝手に僕に病みつかれてる……」


 自由という言葉の擬人化か? ってくらい自由な神騙だった。

 いや、でも、まあ、実際そんな感じだよな……。


 思い返せば思い返すほど、神騙には自由気儘に振り回された記憶しか刻まれていなかった。

 それでいて、嫌味は一切無いのだから、こういうのを人徳と言うのかな、とは思う。


 あるいは、ただ絆されているだけなのかもしれないが。

 それだって、仕方がないと言えば仕方がないだろう。


 別に、嫌いという訳ではないのだから。

 そうではなく、関係性がある以上、どうしても気は許してしまうだろう。


「まあ、いつまでも自由にされてちゃ、身が持たないんだが……」

「……?」

「こっちの話だ。ていうか、いい加減離れろ。暑苦しいし、動けないだろ」

「あはっ、照れてるだけなの、丸わかりだよ?」

「喧しすぎる! 分かってるなら尚更離れろよ……!」


 あまりのネジのハズレ具合に、うっかり忘れそうにはなってしまうものの、神騙は思わず息をのむほどの美少女だ。

 そうされることに慣れはしても、その行動自体に慣れることはない。


 朝から上がる心拍を聞き流しながら、こいつといると早死にしそうだな……なんてことを思った。



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