オマケの話:とある日のリベンジマッチ-02
僕が黒で、神騙が白。
それぞれの駒色を決め、いざ始まった戦いは、意外にも早く決着を迎えようとしていた。
神騙の勝利で──ではない。
僕の勝利で、だ。
「え? ちょっと待ってくれ。あれだけ自信満々だったくせに、神騙お前、雑魚すぎないか……!?」
「えーんっ、邑楽くんがズルしてる~!」
「してるか! 良く見ろ! イカサマなんてしようがねぇだろうが……!」
「だっ、だってぇ~……」
ぐぬぬぬぬ……と、悔しさからか顔を真っ赤にし、涙目になりつつ僕を見る神騙であった。
頬は軽く膨らんでいて、小動物を連想させる。
端的に言って、とても可愛らしいのだが、たかだか一戦負けたくらいで、そこまで悔しがらなくても……。
いや、まあ、僕が完全初心者であることを踏まえれば、確かに経験者としては、思うところがあるのかもしれないのだが。
それにしたって、尋常じゃない負けず嫌いである。
無論、悪いところではなく、むしろ人としては好ましい部分ではあるのだろうが……。
こういう負けず嫌いなところが、文武両道を為させているのかもしれないな、なんてことを思った。
そういった見方をするのなら、やはり傑物ではあるのだろう。
……チェスはよわよわであるようだが。
「……三回勝負」
「ん? なんて?」
「だから、三回勝負ですっ! 先に二回勝った方が、勝ちですからねっ!」
「何で急に敬語なんだよ……別に、良いけどさ」
信じられないくらい白の兵隊たちが全滅し、黒の軍に占領されていた戦場をリセットする。
変わらず僕が黒を使って、神騙が白だ。
まあ、ビギナーズラックってやつだったんじゃないだろうか。
ボードゲームに、そんなものがあるのかは知らないが。
これでも完璧美少女で通っている神騙である。もしかしたら、一連の流れも実は僕を上げるためのものであり、そろそろしっかり本気を出してくる可能性だってあった。
というか、そう考え始めたら、むしろそっちの方がありえそうなものである。
ここまでは接待プレイだったという訳だ。
如何にも経験者がやりそうなことではないか。
やるなぁ。
つい乗せられちまったぜ。
僕もやっと、駒の動かし方だったり、ルールだったりをちゃんと把握できた頃合いだ。
真剣勝負と行こうではないか。
で、十数分後。
「チェック」
「………………………………………………」
「無言で睨みつけてくるのはよせ、ちょっと心が痛んできちゃっただろ」
「どうしても、ダメ?」
「クソッ、一回だけだからな!」
「えへへ、やった」
普通におねだりに負けてしまい、動かした駒を戻してパスにする。
嘗めとんのかみたいな行動であるのだが、まあ、勝負とは言え遊びでもあるからな。
一人で遊んでいるならまだしも、誰かと遊んでいるというのなら、どちらも楽しめた方が良い。
むむむ……と盤上を睨みつけながら、どうしようかと真剣に悩んでいる神騙を見て、微笑ましくなる。
勝負はまだ巻き返せる段階だ。
素人の僕にも分かるくらい、まだまだやりようはある盤面であった──はず、なのだが。
「……チェック」
「まっ、まった!」
「おま……”待った”何回目だよ。チェスが下手すぎるだろ……」
「うっ、うぅ~……! 違うもん、きみが強すぎなんですっ。そう、そうだよ、邑楽くんが異常なの!」
「負けてるからって、わざと人を傷つける語彙で言い直すんじゃない! せめて特別とか言え!」
何かもう、居たたまれなくなるくらい、神騙はチェスが弱かった。完璧美少女とは何だったのか、と問いかけたくなるくらいのポンコツ具合である。
幾ら何でも、僕にとんでもないチェスの才能が眠っていたとは到底考えられないし、もうこいつがシンプルにチェス向いてないんだと思う。
え? というか何? こいつ、こんな腕前で経験者ですよみたいな面してたの?
流石に恥を知って欲しいと、心底からそう思った。
「ふー……ねぇ、邑楽くん」
「ダメだ。いい加減、素直に潔く負けを認めとけ。大丈夫だ、神騙がチェスクソ雑魚なんて話、しても誰も信じないから」
「邑楽くんはそもそも、話す相手がいないでしょ……」
「あの、ちょっと? 神騙さん? 僕のメンタルを先に破壊しようとするのはやめようね?」
とんでもない盤外戦術を披露して来る神騙だった。ここまで来たら、もう負けず嫌いとかいうレベルではない。
ただの負けを認めない子供だった。
これはこれで、ギャップがあって可愛らしいとは思うが、それはそれとして、もう無理だから諦めとけと言う気持ちでいっぱいである。
「うぅ……それじゃあ邑楽くん」
「今度は何だ?」
「ちょっとの間で良いから、目を閉じててもらえると嬉しいなっ」
「えぇ……」
「お、お願いっ。何でもするから!」
「それ絶対駒動かすやつじゃん……」
「しっ、しーまーせーんーっ! もうっ、わたしを何だと思ってるの? 駒には触らないよ、絶対に」
「ほんとかよ……」
じとっとした目を向けてみたが、神騙はたじろぐ様子を見せない。
はしばみ色の美しい瞳には、今の言葉が嘘ではないという意志が込められていた。
なるほど、確かにこれなら信じてやっても良いかもしれないな。
とはいえ、何かしら狙ってはいるのだろうが……まあ、良いだろう。
段々と、負けられない気持ちが高まりつつはあるが、しかし、やはり遊びにすぎないのだし。
神騙も、もっと気楽にやれば良いのにと思った。
ほら、リラックスリラックス。
僕なんてもう、目瞑っただけで寝ちゃいそうなくらい脱力してるぜ。
「はい、もう良いよ」
「ん、早かったな……っておい! 何で僕が白側になってんだ! 盤面を逆にするんじゃない!」
「ふふ、駒は動かしてないからねっ」
「こ、こいつ……!」
屁理屈ばっかりこねやがって……! そんなんじゃ碌な大人になれませんよ! なんて思いながら、盤面を数秒睨みつける。
まあ……良いか。
そもそも勝ちにはそこまでこだわってはいない。
一回負けてやれば、神騙も落ち着くだろう。
「あ、あれ? 怒らないの……?」
「今更になって罪悪感を感じるくらいなら、最初からするんじゃないよ……良いよ、別に。神騙が楽しいなら、それで良い」
「わぁ、もしかして口説いてる? だったら、安心して良いよ。わたしはもう、とっくにきみしか見えてないから」
「え!? 全然違う! 捉え方が斜め上ってレベルじゃないぞ!?」
どこにも口説いてる要素なかっただろ! と叫びながらもゲーム再開である。
先程とは打って変わって、余裕のある様子(黒白を入れ替えたのだから当然であるのだが)の神騙。
それをぼんやりと見ながら、淡々と劣勢極まりない白の兵士たちを動かし、先程まで指揮していた黒の軍勢を迎え撃つこと、再び十数分。
ふむ……なるほどな。と嘆息した。
「そういえば、最初に負けたら罰ゲームって話をしてたよな」
「へ? ああ、うん。そうだね。ふふっ、邑楽くんには何してもらおっかな~」
「ウキウキで条件追加した癖に決めてなかったのか……いや、まあ、何でも良いんだけどさ。僕から神騙への罰ゲームはもう、決まったからな」
言って、駒をポンと置いてやる。
陣営を交代した時の見る影もないほどに、殲滅された黒の軍の中核に、白の兵隊が迫った。
「二度と、”何でもするから”なんて、僕以外の人間に言うんじゃない。相手によっちゃ、本当に何でもさせたがるかもしれないんだから」
チェックメイト。
黒の王様の首を、白の兵隊が撥ねる。
神騙は声にならない悲鳴と共に、顔を真っ赤に染めた。
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