こいつは苦労する。
あれからもフラフラと、校舎内探索(神騙曰く、校舎内デート)を進め、あれでもないこれでもないと、鍵をガチャガチャ鳴らしたりしていたのだが、結局開けられたのは、片手で数えられる程度だった。
鍵が多すぎる以上に、僕が当たりの鍵を引く運がなさすぎることに加え、二人でいるせいか、どうにも雑談優先になってしまった結果である。
開ける度にどんな教室だったのか、じろじろと見て回ったことも時間を食ってしまった要因だ──とはいえ、残念ながら元書庫ほど、面白みのある教室はなかったが。
ほとんどが机と椅子が積まれているだけの、ただの空き教室だった。
別段、何か特別なものがあることを期待していた訳ではないが、こうも見慣れた教室ばかりであると、微妙な肩透かし感があるのは否めない。
もう少し何か、面白いものでもあったら良かったのにな、なんて考えながら、誰もいなくなった自分たちの教室で、”書庫”、”空き教室1”、”空き教室2”と記載したシールをペタペタと鍵に貼る。
ついでに、ルーズリーフに鍵の詳細をメモしてまとめておけば、高槻先生への報告書類は完成だ。
鍵とまとめて渡しておけば、「結局どの鍵がどこの教室のなのか分からないじゃない……」とアホを見る目で見られるのを回避できるからな。
まあ、ぶっちゃけここまでする必要はない気もするのだが、どうせ暇を持て余している身である。
それならそれで、教師からの内申は上げといて損はない……いや、相手が高槻先生なのだから、そんなものは今更って感じはするのだが……。
高槻先生は親しみやすい割に、公私はしっかり区別しているタイプの人間だ。それはそれ、これはこれ、で評価はしてくれるだろう……多分。
そ、そうだよね? 大丈夫だよね? 高槻先生?
僕的、感情に振り回されがちな大人ランキング№1に君臨されているせいで、イマイチ自信がなくなってくる僕だった。ブンブンと、そんな思考を頭を振って落とせば、不思議なものを見たような目を、神騙が向けてくる。
「きみ、急に妙なことしだすのも、相変わらずなんだね……」
「電波をキャッチしながら非難するんじゃない、こっちの気持ちの置き所が分からなくなるだろうが」
「もー、電波じゃないって、何度言えば分かってくれるのかなあ」
「嫌なら証明を出せ、証明を──あっ、わたしの愛が何よりの証明だよ! とか言うのはやめろよ」
「わぁ……以心伝心だね。ふふっ、やっぱり相思相愛じゃない?」
「無敵か?」
何言っても100倍返しみたい火力の一言が返ってくるんですけど? ちょっと僕に勝ち目がなさすぎるだろ、もっと加減しろ。
ただでさえ、脳内を電波が飛び交ってもう大変みたいな女なのだから、せめてそのパワーの振るいどころは考えて欲しいところであった。
あんまりにもクリーンヒットし続けたら死んじゃうからね、僕が。マジで好きになっちゃうから。そんなことになったら終わりだぞ。
本当に嫌だ……好きになりたくない。こんな、如何にも裏がありそうな事態に、良いように転がされたくはない……。
僕はまだ、めちゃくちゃ手の込んだドッキリに近い何かである可能性を捨てきれてないんだよ。
というか、仮に本気で好かれているのだとしても、それはそれで理由が怖すぎるのだった。
だから、せめて証拠が欲しい。主観的なものではなく、客観的な証拠が。
それさえあれば、まあ……電波だというのは、訂正してあげなくもないところだった。
「でも、うぅん、証拠かあ。そうだよね、邑楽くんはそういう人だもんねぇ」
「何をもって、そういう人だって言ってるのかは知らないが、まあ、そうだな」
「面倒くさい人だなあ」
「失礼なことを満面の笑みで言うんじゃないよ……」
どう咎めれば良いのか分かんなくなっちゃっただろ。何ならあんまりにも眩しい笑顔なせいで、うっかり僕の方が浄化されてしまいかねなかった。
世が世なら、巫女やらなんやらに祭り上げられてんじゃないの? みたいな一面がある神騙である。
どうあっても勝てる気がしないな……と嘆息をする。同時に、教室の扉がガラガラっと勢いよく開かれた。
「いーつまで残ってんの。そろそろ帰りなさ──あら、アンタたち」
「あっ、高槻先生」
「げっ、高槻先生」
「凪宇良……アンタね、アタシと出くわすたびにその顔するのやめなさいよ……」
その点、神騙は最高ね。馬鹿が並んでるお陰で、普通の対応が神対応に思えてくるわ。なんて言ったのは妙齢の女性教師、高槻先生である。
数時間前に職員室で会った時から、更に疲労を増したような顔になっているあたり、バリバリとお仕事に従事していたのが分かる。
お疲れ様です、と思わず拝みそうになってしまい、頭を軽くはたかれた。
それからまとめ終わったルーズリーフと、鍵束を手に取る。
「あら、随分と至れり尽くせりじゃない? 凪宇良って本当、何でもかんでもグチグチうるさいくせに、何だかんだしっかり丁寧にやるわよね」
「! そうなんですよ、分かりますか!? 高槻先生! そういうところが愛おしいんですよねっ」
「声がでっけぇな」
「凪宇良……アンタ、神騙に何したの? 怒らないから言ってみなさい」
「しかも僕のせいにされている!」
知らねーよ! 何で神騙がこうなってるかなんて、僕が一番聞きてぇんだよ……! と訴えれば、難しい顔をした後に、
『え? いやこれマジ? マジなの? 冗談とかじゃないのよね?』
というアイコンタクトを送ってきたので、
『昨晩も言った通り、残念ながらマジっぽいですよ。今のところは』
と返せば、「ふむ」と顎に手を当てて、それから神騙を見た。
「神騙、こいつは苦労するわよ、絶対に。アタシの勘が断言しているわ」
「ええ、分かってます。でも、その上で邑楽くんなんです」
「大丈夫? ヒモ適正マックスよ、こいつ」
「そうなったら……養ってみせます!」
グッと拳を握り、覚悟を決めたように答える神騙だった。その力強い言葉に高槻先生はフッと笑って、よしよしと神騙の頭を撫でる。
「困ったらいつでも相談なさい。いつでも力になってあげるわ」
「先生……!」
「いやあの、あのあのあのあの、失礼過ぎるでしょう? 完全に僕の悪口大会だったろ今の」
「いやね、本当に悪口だったら、こんなもんじゃ済んでないわよ」
「ひぇ……」
シンプルに怯えて悲鳴が出てしまった。今のが悪口未満って……。
性格のえげつなさの証明じゃん、と思った。女子ってこえー……いや、高槻先生を女子と言って良いのかは微妙なところであるが。
これ本人言ったら、キレる通り越して泣かれそうだな。
「……アンタ、今失礼なこと考えなかった?」
「きっ、ききき、気のせいじゃないですきゃ!?」
「それもう自白してるも同然なんだけど……ま、良いわ。ありがとね、ご苦労様。今日はもう帰んなさい、急ぎでもないんだから、ゆっくりで良いんだし」
ほらほら、アタシはまだ仕事が残ってんのよ。と僕らを蹴り出すように、帰りを促す高槻先生だった。
それから少し遅れて、最終下校のチャイムが鳴り響く。
「それじゃ、また明日。先生」
「先生、さようなら」
「はいはい、また明日。気を付けて帰んのよ」
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