一番はきみ。



「それにしても、昨日も今日も、僕に付き合って良かったのか? 恋愛脳でもあるまいし、友達に付き合った方が良かったんじゃないの?」


 ガチャガチャと、開かずの扉の如き不動の扉に対し、一本ずつ鍵を試すという、一種の苦行に近い作業を黙々とこなしながら、そう尋ねる。

 何度も言うようではあるのだが、神騙かがりはクラス内外問わずの人気者である。


 当然、僕とは比較するのも烏滸がましいくらいには友人が多く、これまでの放課後だって、その友人たちと過ごして来たであろうことは想像に難くない。

 それを急に、「前世の夫だから」なんていう、当の本人である僕でさえ”ヤバい女だ……”と思ってしまうようなことを堂々と宣い、更には友人との時間を削っているのだから、疑問の一つや二つ生まれるものである。


 他人からの評価というのは、些細なことでも一転してしまうものである。

 僕に構うことで、神騙の評価が落ちてしまう可能性だって無きにしもあらず……というか、全然ありそうなものであった。


 しかし、そんな僕の懸念を吹き飛ばすように、神騙は笑みを浮かべた。


「んー? 大丈夫だよ。今はきみとの時間を大切にしたいから……それに、このくらいで無くなっちゃう縁なら、その程度の縁だったってだけだしね」

「だいぶ苛烈なこと言い出したな……恋と友情なら、恋を取る派か?」

「難しいこと聞くなあ。それは状況次第だと思うけど……でも、きみとその他なら、きみを取るよ」

「お、おぉ……そうか」


 サラッと言った割には、デカい感情が乗ってそうな台詞に、思わずたじろいでしまう僕だった。いやマジ怖いって!

 どっからそんな、捻出するのもエネルギーがいりそうな感情が出てくるんだよ。


 普通にビビってしまうので、出来れば控えめにして欲しかった。

 どう反応すれば良いのか分かんなくて困っちゃうんだよ。


「何事にも優先順位があるものだと、わたしは思ってるから。そういう順番は、普段から決めてないと、いざって時に困っちゃうじゃない?」

「いざって時に遭遇したことがあるみたいな言い方だ……」

「あるから言ってるんだよ────だから、わたしの一番はきみ。それより上は、絶対にないよ。これまでも、これからも」

「いや感情、感情がデカいんだって」


 一個人に……ましてや、昨日会ったばかりの男子に軽々しく言って良いことではない。

 これで神騙ではなかったら──というか、前世がどうとか言っている女では無かったら、うっかり惚れてしまっていたところである。


 良かった……僕の理性はまだ生きているらしい。

 これ以上の猛アタックを喰らったら、理性が麻痺って好きになってしまいかねないので、今の内に距離を見定めなければならないだろう。


 その為にもまずは、このどうして良いのか分からん空気になってしまった現状を破壊しなければならないと思うので、扉さんはさっさと開いてくれませんか……と念を込めながら鍵を挿し込めば、これまでと違ってスルリと入る。

 それからクルッと回せばカチャリと、待望していた音が耳朶を叩いた。


 ふー……と長い息を吐く。


「やっとか……」

「おっ、当たりだね! やったやったぁ!」


 ぴょこんぴょこんと僕の両肩を掴み、全身で喜びを表す神騙。お陰で、上がりそうになったテンションがそこそこに落ち着くことができた。

 だいたい、まだ一室目だからな。この作業、思っていた以上に面倒だぞ……。


 引き受けなければ良かった……と今更ながら、そんな思いを噛みしめつつ扉を開く。

 スライド式のそれは、ガラガラと音を立てながら、教室の全容を僕たちに見せつける──最初に飛び込んできて、それからずらっと並んでいたのは本棚だった。


「書庫、か?」

「というよりは、その名残かなあ。中身はほとんど持ち出しちゃって、棚だけ残されちゃってるみたいだね」


 神騙の言葉通り、書庫と呼ぶにはあまりにも、その中身が伴っていなかった。

 長らく掃除されていなかったせいで、埃もそれなりに被っている。


 正しく言葉通り、放置された書庫といった様子だ。

 とはいえ、全く何も残されていないという訳でもなく、棚を見て行けば幾つか放置されていた本もある。


 それを一つ、特に何も考えることなく手に取った。

 しっかりと装丁のされたそれは、どうにもアルバムらしい。いわゆる、卒業アルバムというやつだ。


 もう何年も前のものだろう──それこそ、この教室がちゃんと使われていたくらい、昔の話。

 別に何百年もの時を重ねている訳ではないが、それでも十数年……あるいは数十年の時くらいは積み重ねているだろうそれは、見た目より重く感じられる。


何とはなしに、ページをめくる。

 そうすれば、卒業生たちの集合写真らしき見開きが開かれた。


 恐らく40人ほど映ってると思われるそこには、当たり前ではあるが、知っているような生徒はいない。

 見知らぬ高校生男女が寄り集まって笑顔を浮かべている。お陰で思わず息を吐いた。


 僕、こういう集合写真苦手なんだよな……端っこに追いやられるくせに笑顔を強要されるもんだから、気が乗らないにもほどがある。

 中学の時、これで普通にリテイク食らったことを思い出し、普通に舌打ちが出そうになった。


 ええい、こんなもん見てられるか! と次のページをめくろうと思ったが、そうすることはできなかった。

 否、できなかったのではない。しなかったのだ。


 めくろうとした指が止まって、ある一点に目が吸い寄せられる。


「どうしたの? 邑楽くん。面白いものでもあった?」

「んにゃ、面白いものっつーか……」


 歯切れの悪い返答をすれば、不思議に思ったらしい神騙がアルバムを覗き込んでくる。すると、神騙はピタリと硬直するように動きを止めた。


「何だ、知り合いでもいたか?」

「え? う、うん。まあそんなところかな」

「マジかよすげーな」


 顔広すぎだろ……というか、ここに映ってる彼ら彼女らは、とっくに大人になってる頃合いなのだが……。

 どういう目と頭をしていれば、それらを合致させられるのだろうか。


 能力が高すぎると人間味がなくなるものなんだな、なんてことを思った。


「そっそれより、どうして邑楽くんは、このページを食い入るように見ていたの?」

「や、そんな熱心に見てたつもりはないんだが……」

「熱心だったよ~、すごい見つめてたもん。可愛い子でもいた?」

「……まあ、そんなところだな」

「!!?」


 嘘でしょ!? と目を見開く神騙だった。驚きすぎだろ。


 僕だって男子なのだから、そのくらいのことは思う……いや、まさか昔の卒業アルバムなんかに、そんな思いを抱かせられるとは、自分でも思っていなかったのだが。

 何かこうして言葉にすると、我ながら際限なく気持ち悪さが上がっていくな……。


「だっ、誰……? どの子!?」

「えぇ……揶揄うなよ、この子だ」


 言って、僕は一人の女子生徒を指さした。薄い──ともすれば、白にすら見える金の長髪。

 不安になるくらい白く、華奢な身体。


 一言でまとめてしまうなら、薄幸美人なお嬢様って感じの子を。


「可愛いとは思うけど、別に好みのタイプって訳じゃないんだよな。でも、何ていうか……凄い惹かれる。神騙風に言えば、この人しかいない、みたいな……って、何で神騙が照れてるんだよ」


 どう考えても浮ついた、ともすれば、かなりキモいことを言っていたと思うのだが、神騙は顔を真っ赤に染め上げていた。

 何なら軽く涙目になっているし、わずかながら身体を震わせている──いや、これもしかして怒ってたりする?


 キモいこと言ってんじゃねぇよ! と叫びたい気持ちを押し殺しているのかもしれない。

 ど、どどど、どうしよう、今から土下座しても間に合うかなぁ!? とまで思考を回し、けれども、それが為されることはなかった。


 何故かといえば、その神騙が抱き着いてきたからである。


「う、うぅぅぅ~~、大好き~~~!」

「なになになになに!? 急に発作を起こすな!」

「好き……やっぱり、きみはきみだよ」

「情緒不安定ちゃんかよ……」


 顔をぐりぐりと胸に押し付けてくる神騙に、小さく溜息を吐く。

 今の流れで、何でこうなるんだかな……。


 とにかくさっさと離れてくれないかなと思った。いやもうマジで、そろそろ理解が追い付いてきてドキドキしてきちゃってんだよ。


 うっかり好きになっちゃったらどうしてくれるんだ。

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