先生のご依頼。



 さて、今日はどこで何をして時間を潰そうか。

 放課後を目前にした、帰りのホームルームを聞き流しながら、そんなことを考える。


 と言っても、悲しいことにレパートリーが片手で数えられる程度しかないので、悩むほどではないのだが……。

 それでも選択肢があるのなら、どれにしようかという思考を挟んでしまうのが、人間というものだ。


 因みに今の選択肢はファミレスとカラオケである。滅茶苦茶二択だしどっちも飽きるほど行ってるじゃねーか。

 まあ、歌う気分では全く無いので、ファミレスで良いかな……と思っていれば、


「あ、あと凪宇良なぎうら。後で職員室ね」


 という、死刑宣告みたいな一言が僕の頭に落ちて来るのだった。

 僕、何か悪いことしたっけかなぁ……。





「まあ悪事を働いたか働いていないかで言えば、言い逃れようもなく働いているわよね」

「言いがかりはやめてください、僕は清廉潔白を地で行く人間ですよ?」

「二人乗り、逃走」

「クソッ」


 放課後、職員室。

 素知らぬ顔してバックレようとしたのだが、それを見越していたかのような神騙に捕らえられ、高槻先生に引き渡された挙句、そのままドナドナドーナーっと連行された僕だった。


 流れが鮮やかすぎるだろ。打合せでもしてた? ってくらい淀みのない連携だったんだけど……。

 おかげで文句を言う暇もなくここまで連れてこられてしまっていた。


 ちなみに当の神騙は職員室までついてくることはなく、「外で待ってるね」とのことである。


 これから何をさせられるんだろう──冗談ではなく、真面目に呼び出されるようなことをした覚えがない。

 二人乗り云々についてだって、高槻先生は前言を撤回して後日に罰を下すような先生ではないし、仮にもしそうなら神騙も呼ばれているべきだ。


 つまり、これは一人くらいにしか伝えられないような内容かつ、秘匿性が高いものと考えられる。


 となれば、やはり……死体埋めか? いやぁ、いつかやると思ってたんだよな。

 この人、意外と不満をため込むタイプの人間だし、ついカッとなってヒモの彼氏を一撃必殺してしまったのかもしれない。


 事情的に、そうしてしまった先生には同情してしまうが……殺人は犯罪だからな。

 僕は慈悲の笑みを浮かべ、先生の手を取った。


「先生、自首しましょう。微力ですが、僕もフォローするので」

「なに!? 急に何の話してんのよアンタは!」

「えっ、ついにヒモバンドマンを殺したから埋めに行こうって話では……!?」

「してないけど!? 当たり前みたいにアタシを人殺しにしてんじゃないわよ!」


 冗談でも職員室ここで滅多なこと言うのはやめなさい! とチョップを落とす先生だった。これは僕が悪い。

 思いのほか痛かった一撃に身悶えしていれば、高槻先生が”はぁ~……”と深々とした溜息を吐く。


「アンタにはアタシに投げられた雑用を……んんっ、ちょっとした奉仕活動を命じようと思ってね」

「おい本音漏れてたぞ今」

「……秘密を知られたからには、消えてもらわないとならないわね。具体的には成績とか」

「いやあ、最近奉仕精神に目覚めたばっかりだったんですよね! どうします? 具体的にはどう使われてるのか不透明だけど、取り敢えずそれっぽいお題目掲げてる系の募金活動でもしますか?」

「手のひらの返し方が最悪過ぎるでしょ……」


 呆れたように再び息を吐いた高槻先生が、僕の手にジャラジャラと鍵束を載せた。

 ちょっと数えるのも億劫なくらいの本数が束ねられているそれらは、少々以上に年季を感じさせる。


 あと地味にどころか普通に重い。何だよこれ、地下牢の鍵でももうちょいスッキリしてるぞ。

 良く見れば鍵には色あせたシールが貼ってあり、何かしらの文字が書かれてるようだった。


 すわ呪物か何かか? と思ったが、どうにも教室名が書かれてるらしい。辛うじて最後の「室」だけ読み取れる。


「それ、うちの学校にある無数の教室の鍵。どれがどれか分かんないけど、管理しないで放置って訳にもいかないじゃない? って話が昨日、職員会議で出たのよね」

「ほほう、それで高槻先生が任された、と」

「そ、ほら、アタシってば若手だから?」

「わ、わぁ……」


 単純に仕事を押し付けられてるだけなのに、盲目的になることで好意的に受け止めることに成功している、哀れな成人女性を直視させられてしまい、思わず涙が出そうになってしまった。

 今度から優しくしてあげよう……と心に誓う。


「先生……理不尽に鈍感になることだけが、大人になるってことじゃないんですよ」

「喧しいわね!? 突然悟ったようなこと言い出すんじゃないわよ! ちょっと一瞬キュンってしたのが腹立つ!」

「うわーっ! 理不尽!」


 バシベシと僕の足を蹴り倒す高槻先生だった。完全に虐待の現場であるのだが、何だか生暖かい目が周りから集まっていた。

 何だこのチョロい先生は……そんなんだからヒモ男に引っ掛かるんですよ、とは流石に言えないが。


 蹴られながらも、周りと同じ視線を向ければ、疲れたように高槻先生が背もたれに背を預ける。


「とにかく、アンタにはどれがどこの教室の鍵なのか、調べて欲しいのよね。別に今すぐって訳じゃないけど、やらない訳にもいかないし、お願いしたいのよ。できる?」

「め、めんどくせぇ……」

「良いじゃない、どうせ放課後暇してんでしょ」

「……あぁ、なるほど。ありがと、先生」


 高槻先生は、全てとは言わないまでも、ある程度は僕の事情を知っている人間だ。

 だからこれは、僕が放課後、暇を潰す為の選択肢を、一つ増やしてくれたと捉えることもできる。


 まあ、単純に面倒ごとを押し付けただけという側面もあるのだろうが……結果的にウィンウィンになっているのだから、文句を言うところでもないだろう。

 有難く頂戴……しようとして、手に乗る重みに一瞬怯み、しかしポケットに叩き込んだ。


 ジャラリと硬質な音がして、制服がズンと重くなる。


「それじゃ、よろしく頼むわね、もう行って良いわよ」

「うっす、それじゃさよなら、先生」

「はい、さよーならー」


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