そういうこともある
「あれ? きみって神騙さんだよねぇ、一人なの? もしかして暇してる感じ? それなら俺と遊びに行かない?」
「ごめんなさい、今は夫を……んんっ、彼氏を待ってるんです」
「夫……? まあいいや、そんな見え見えの嘘吐かなくて良いって。彼氏いないって、結構有名だよ、神騙さん」
職員室から出て、「まあ、待ってると言われた以上は、合流しないとダメだよな……」という、実に常識人らしい思考を回した僕は、目を疑うような光景に出くわしてしまっていた。
何と言うか……あまりにも如何にも! って感じの絡まれ方を、神騙がされている。
街中ならまだしも、学校でそんなことする人っているんだ……と、一周回って微妙に感動してしまった。
美少女ってやつも楽じゃないな、本当に──と、他人事のように思う。
いや、実際他人事なのだから、別にそれは当然であるのだが、しかしこの場合に限っては、ただの他人事だと、切り捨てられない問題が発生してしまっていた。
神騙は何も、何の予定も目的もなく、ただぼんやりと昇降口付近に突っ立っていた訳ではないのである。
むしろ明確な目的を持ってさえいた──神騙は、僕を待っていたのだ。
そして、それさえなければ絡まれていなかったであろう相手に、今絡まれている。
それは要するに、僕にさえ構わなければ、神騙はあのように不快な思い(多分)をしなくて済んだということだ。
そう考えるのであれば、責任の一端どころか、大分部は僕にあるように思えた。
いや、でもなぁ……。
神騙に絡んでいる男子生徒は、上履きに入ってるラインの色からして、一個上の先輩である。つまりは三年生。
髪色は茶色に染められていて、身長はそこそこ高め。
容姿は悪くはないと言って良いだろう。我らがクラスのイケメン代表、
あと身体が意外とがっしりしてる。喧嘩になったら二分以内にボコされるイメージが鮮明に思い描けた。
まあ、なんだ。つまりはそういうことである──有り体に言って、普通にビビった。
直視してから一瞬視線を逸らし、それから二度見、三度見したまであるレベル。
出来れば穏便な感じに、あちらの方で解決して解散して欲しいのだが、どうにもそうなる様子はない。
あー……こういうの、本当に向いてないんだけどな。
何もかもが僕向きじゃない展開だ。けれども、ここで知らない振りをするのは、そもそも人としてどうかと思う。
腹を括るか……とため息に近い深呼吸を一つ。
最終的には土下座をかませば何とかなるだろう、と己を鼓舞して歩み寄った。
なるべく先輩を視界に入れないようにして、割り込むように間に入ってから、神騙の手を掴む。
「ああ、いたいた。神騙、先生が呼んでる。結構ご立腹だったから、早く行くぞ」
「あっ、え? 邑楽くん?」
「は? おいちょっと待てよ、何だお前」
「ん、悪いね、先輩。でも先生が呼んでるから、こっちも急ぎなんですよ」
僕らはともかく、神騙が怒られるのはちょっと可哀想でしょう? なんてことを、結局対面して言うことになった。
僕より少し背の高い先輩は、あからさまに気分を害した様子で僕を見る。
うぉ……マジ怖い。喧嘩とかしたことない僕にはちょっと刺激が強すぎる。
足がブルッて来たのだが、ここで引くわけにはいかない。というか物理的に引けなかった。
意図した訳ではないが、割り込んだせいで神騙を背中で隠す形になってしまったのだ。
ドクドクと鳴る心臓が、現在進行形でバリバリと寿命が削れてますよ~ということを、しっかりと僕に教えている。
クソッ、逃げ出したいのに逃げるわけにはいかないんですけど! 何だこの状況は!
間違いなく人生で一回くらいしかないであろうイベントを体験してしまっている自覚があった。
「おいおい、別に俺はイジメてた訳じゃないんだぜ?」
「や、だから先生に呼ばれてるって言ってるでしょ。その耳は飾り……なのでしょうか?」
「あ!?」
先輩が怒気を上げてしまった。当たり前である。テンパり過ぎたせいか、一周回って普段の軽口が出ちゃったせいだった。
途中で気が付いたので、敬語にすることで軌道修正を試みたのだが、結果的に滅茶苦茶煽った人みたいになってしまっていた。
おい……どうすんだ、これ。
僕のコミュニケーション能力の低さが、考え得る限り最も悪い形で露呈してんだけど。
これはもう、言葉を捨てて逃走するしかないか……と思っていれば、不意に背中に柔らかい感触と体温を感じた。
ギュッと腕を回されて、少し背伸びしたのか、神騙が僕の肩越しに顔を出す。
「えへへ。この人がわたしの待っていた、わたしの旦那様なんです。かっこいいでしょ? 特にこの、怖いのに全く顔に出てないどころか、隠そうとして威圧的になってるところとか、凄く良くないですか!? 良く見ればアホ毛とかも感情に左右されてるのかピョコピョコしてるんですけど、そういう不思議な神秘的なところも可愛くって、それでですね──」
「前言撤回です、先輩。この頭のおかしい女をさっさと連れてって下さい」
「……は!? え、なにその仲良しな反応! ガチカップルじゃん! それなら先に言えよな、クソッ! お幸せになッ!」
「嘘だろ……足はやっ……」
急に神騙が詠唱でもしてんのかみたいな長文を吐き出し始め、先輩を一撃で撃退していた。
しかも捨て台詞がちょっと良い奴風味だったし。
そういうところでポイントを稼ごうとするの、良くないと思うな……なんてことを思う。と同時に変な気の抜け方がして、ガクッと肩を落とした。
今の無駄な緊張感なんだったんだよ。
僕の一世一代レベルの覚悟を返して欲しかった。
「ふふっ、かっこよかったよ、邑楽くん」
「かっこいいって……ほんとかよ」
「本当、本当。いつもきみはかっこいいけれど、今のきみはとってもとーっても、かっこいいわたしの旦那様だったよっ」
「当たり前みたいに旦那にされている……」
お昼に彼女カッコ仮で妥協した神騙はどこに行ったんだ、という文句を言う気も、心底から嬉しそうに見てくる神騙を見れば、失せるというものであった。
言葉になりきらなかった感情を、小さな吐息に変えて吐き出す。
まあ、どう考えても僕のお手柄ではなかったが、それはそれとして、上手く解決して良かったなと思った。
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