オススメのコーヒー-02
「ていうか、コーヒーだけで良かったのか? デザートとかも頼むイメージあったんだけど」
「休みの日ならそれでも良かったけど、今日はちょっとね。それに、あんまり無駄遣いも出来ないし」
「ふぅん、そういうもんか……神騙でも、何かそういう、普通の考えするんだな」
「何それ、わたしだって普通の女子高生だよー?」
「や、そりゃ分かってはいるんだけどな」
そう、分かってはいるのだ。幾ら学校のアイドル的存在であり、その内実は頭がぶっ飛んだ女であったとしても、基本的に神騙かがりという少女は、ごく普通の女子高生である。
金持ちの家に住んでるお嬢様って話も聞いたことはないし、モデルやらなんらをやっているという話も聞いたことはない。
もちろん、本人に確認したことはないが、仮にそうだったとしたら噂に付随しているべきだろう。
「それに、今日のお昼も菓子パンで済ませちゃった邑楽くんには、夜ご飯はしっかり食べてもらわないいけないじゃない? そう考えたらやっぱり、ケーキとかは頼めないかなーって」
「お前は僕の母ちゃんか何かかよ。つーか、何で菓子パンで済ませたこと知ってるんだ……」
「あ、本当にそうだったんだ。もー、きみは本当に相変わらずだなあ」
「クソッ、また前世電波をキャッチしている!」
しかし、こればっかりは隙を与えた僕が悪いのかもしれない。でもそれはそれとして、カマかけと前世設定の二段パンチはズルだと思いました、まる。
こんなの回避不可能を超えて、無敵貫通攻撃だろ。
ズルだズル! 卑怯者を追い出せーッ! と脳内のミニマム僕が叫んでいれば、やたらと物腰柔らかそうな店主がコーヒーを二杯持って来てくれた。
その際に、如何にもといったような片眼鏡のお爺ちゃんである店主が、僕を数秒ジッと覗き込むように見るものだから、若干引いてしまった。
え? ていうかなに? 本当に何だったの今の?
怖い怖い。何が怖いって、今日も似たような覗き込みを神騙にされてるってことなんだよね。
どうしよう、あのお爺ちゃんまで前世が云々とか言って来たら……。
流石に恐怖体験すぎて失神してしまうかもしれない。
動揺してきた心を落ち着かせるために、一口コーヒーをいただくことにした。
純黒の液体であるそれは、正しくその通り、しっかりとした苦みを叩きつけてくる。
「ふー……なるほどな。なあ、神騙。砂糖はどこだ? あとミルクも欲しい。ありったけをくれ」
「ありゃー、わたしは好きなんだけどなぁ。お子ちゃまな邑楽くんには、ちょーっと早かったかな?」
「は? ちょっとした冗談なんだが? コーヒーくらい何にも入れずに飲めるんだが??」
「良いって良いって、ほら砂糖ですよー。たっぷり入れましょうねー」
「ち、ちくしょう……!」
ニヤニヤとしたまま、砂糖を入れようとする神騙との攻防戦が始まった瞬間だった。
ああ、もうだから、いらないって言ってるだろ!
「ただの冗談だってば……いや、そりゃ苦いとは思うけど。何となく、何にも入れないで飲みたいんだよ。きっと、その方が美味しいだろ。これ」
嘘偽りのない言葉だったのだが、神騙は呆気にとられたような顔をして手を止めるのだった。
こいつ、僕のことを小学生かなんかだと思ってないか……?
覚悟が無くても飲めるには飲めるし、思っていたよりここのコーヒーは美味しい──ていうか、神騙がオススメしてきたんだろうが、なんて文句をつらつらと並べようとすれば、神騙は「ふぅ……」と息を吐いて、満面の笑みを向けるのだった。
「やっぱりわたし、きみのことが好きだな」
「文脈を無視した告白をするんじゃない! ほら見ろ、ビックリしてちょっと零しちゃっただろうが」
砂糖を入れさすまいとカップを両手で握る彼──
『なんだお前、そんな成りして、コーヒーも飲めないのか? お嬢様って言うか、お嬢ちゃんって感じだな』
『なっ……飲めないことはありません! ただちょっと……ほーんのちょっとだけ、飲むのに時間がかかるってだけの話です!』
『いや良いって、無理しなくても』
『む、無理なんかじゃありませんってば!』
帰宅しない部の部活動は、意外にも多岐に渡るものだった。
ただ学内でのんびりとするのではなく、街に出て時間を潰すことの方が多かったくらいだ。
この喫茶店は、その頃からある場所だった──神騙かがりにとって、思い出の店と言っても良い。
『だから、良いって。お嬢ちゃんは知らないかもしれないが、こういうのは美味しく飲めた方が良いんだよ』
『お嬢ちゃんって呼び方、やめてください。ていうか、お嬢様って言うのも、やめてくださいって言いましたよね?』
『分かった分かった。僕が悪かったから、そう睨むのは止せ。すげー怖いから、ほら見ろ、手が震えてる』
彼女のカップにサラサラと砂糖を、それからミルクを入れながら、彼は小さく笑う。
ま、僕もホントは、甘いものの方が好きなんだ。なんて言いながら。
それなら先輩だって、砂糖を入れれば良いのにと呟いた彼女に、彼は言った。
『ま、そりゃそうなんだけど……ここのコーヒーは何て言うか、そのままが一番美味しい気がするんだよ。つまりは僕もまた、一番美味しく思える飲み方をしてるって訳だ』
『……先輩のそういう言い回し、ズルいと思います』
人なんて、ちょっとズルいくらいがちょうど良いんだよ。と笑った彼と、目の前の少年の姿が、これ以上なくダブって見える。
ああ、やっぱりきみはきみだ。わたしの大好きな、きみなんだ。
神騙は込み上げてきた感情を抑えきれなくて、その一端を言葉にしてしまう。
「やっぱりわたし、きみのことが好きだな」
まあ、そのせいで彼はコーヒーを零してしまったんだけど。
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