オススメのコーヒー-01
「だからさあ、僕はこういう特殊なところ、嫌だって言ったはずなんだけど……?」
「全然特殊じゃないよ!? ただの喫茶店じゃない!」
思わず、と言った様子で食い気味に神騙が叫んだように、僕らが辿り着いたのはとある喫茶店であった。
最寄りの駅から広がる、それほど大きくはない僕らの街の、ほんの少し……いや、結構入り組んだ道の先にある、ただのと言うには何とも小洒落た喫茶店だ。
立地的に、積極的に新規の客を捕まえる気はないのだろう。金持ちなんかが道楽でやる時、売り上げが出過ぎないように、そういった店を開くと聞いたことがある。
ここもそういった事情のある喫茶店なのかもしれない──そんな考えをしてしまったせいか、外装から受け取れる、少々大人向けの落ち着いた様子を受け取り、高校生が入るには少しだけ敷居の高さを感じてしまった。
つーか、ここをまるで行きつけみたいに案内した神騙はどういう胆力してんだよ。
いや、それとも今時の女子高生ってのは、こういうところで一息ついたりするのが普通なのか?
すげーな女子高生……僕とか基本的にサイゼだぞ、なんて思っていれば神騙は既に扉へと向かっていて、「早くおいで?」とでも言わんばかりの目を向けてくるのであった。
……まあ、ここで馬鹿みたいに突っ立っていても仕方ない。
ここは大人しく、神騙の計略に乗るしかないだろう。クソッ、こんなとこだって知っていたら、黙ってファミレスに連行したってのに。
お洒落な喫茶店どころか、まず喫茶店に入ること自体、ほとんど経験のない僕だ。
多少の緊張感を覚えながら、カランコロンとドアベルを鳴らして神騙の後を追う。
喫茶店の内装は、外装から受け取った印象とほとんど変わらなかった──つまりは落ち着いた雰囲気。
僕らの他にお客さんは見当たらず、店主と思われるお爺さんと、アルバイトらしい女の子が一人、暇そうに並んでいた。
一瞬だけ目が合って、店主が笑みを浮かべる。
それに応じるように何となく会釈して、神騙に連れられるように窓際の席へ、向かい合って座った。
不安になるくらい客がいないにも関わらず、手入れは行き届いているようだった。
ソファはふかふかだし、テーブルには汚れの一つも無い。
慣れれば居心地の良さを感じられるだろう。
「わたしのオススメはね、ここのコーヒーなんだ。どう? ねぇねぇ、どう?」
「なるほどな、圧が強い。ココアで頼む」
「あっ、コーヒー二つでお願いしまーす」
「おい……」
何だったんだよ今の流れ。ぼくの意見がガン無視されちゃってるんですけど?
無視されたというか、最早僕の言葉が届いてないんじゃないかと邪推してしまうスルーされっぷりだった。
アルバイトさんもカラカラ笑って「りょーかーい」と去っていくし、本気で僕の影の薄さが極まっている気すらした。
このまま平然と店出ても誰にもバレなさそうなレベルである。
いやもう本当にバレないんじゃない? 帰っとく? 帰っちゃう?
「また頭の悪そうなこと考えてる顔してる……」
「それはどういう顔なんだよ……だいたい、神騙が勝手に注文するからだろうが」
「だって、コーヒー飲んで欲しくて来てもらったんだもん。仕方ないでしょ?」
「何も仕方なくないんだがそれは……」
ちょっとこの子、時間が経つにつれて僕への遠慮がなくなってきてない? 最初からトップスピードだったものの、片鱗くらいはあった遠慮がもう無いんですけど。
たった数時間で落としてきていいものじゃなかった。どこで落としてきちゃったのかしら、お兄さんが一緒に探してあげるから拾おうね?
というか、コーヒーを飲ませたいなら最初からそう言えという話である。
基本的に甘党の僕を嘗めるなよ。
コーヒーを飲むとなったら、三日くらいかけて覚悟を決める必要がある。
出来れば隣にショートケーキなんかも欲しいくらいだった。
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