特別な美少女。
神騙かがりは、いわば特別な美少女である。
ただの美少女ではなく、一歩どころか十歩以上は抜きんでている、フィクションのように整った美少女であることこそが重要だ。
しかしその実態は、電波ちゃんにも等しい、妄想豊かな少女であった。
信じられるか? この女、僕の前世の妻とか言い出したんだぜ……。
ファンタジー世界でもギリ信じられるかどうかって感じの作り話である。
どう考えてもぶっちぎりでヤバい女であり、なるべく距離を置きたいところであったのだが、残念ながらそんな彼女は、僕の隣の席なのであった。
逃げようにも逃げられない──けれども、一時の安息は与えられていた。そう、安息。つまりは授業。
二年生となり、新しく担任となった(僕からすれば一年から引き続き、であるのだが)国語の教師、
いや、まあ、収められたというか、一旦問題を先送りにしただけなような気もするのだが……。
とにかく、あれだけ騒然としていた教室は、今や進学校らしく静まり返り、カツカツとチョークを黒板に打ち鳴らし、ペラペラと子守唄のように解説をする、高槻先生の声だけが響いていた。
突然頭でも打ったのかと心配になるくらい、不可思議な言動をしていた神騙も、噂通りの文武両道っぷりを体現するかのように、真面目に授業を受けている。
……こうして見れば、真っ当に美少女なんだけどなあ。
付き合いたいだとか、友人になりたいだとか、そういった類の願望を抱くことはないが、純粋に美人だと思う。
観賞用として見ればこれ以上ないのではないかと、素直にそう思うくらいには、神騙かがりという少女は目の保養になった。
これで口を開けば前世が何だ、妻が何だと言い出すのだから、人間見た目だけで判断してはいけないという言葉を、強く胸に刻み込む僕であった。
恐らくは揶揄われているだけだとは思うのだが、如何せん、わざわざ僕を相手に、そのようなことをする理由が見出せない。
力不足というか、単純に人選ミスとしか思えなかった。
こういうことは、それこそ先程の
美男美女のカップルってやつだ。さぞ学校中に羨ましがられる二人になるだろう。
反面、このままでは僕だけが、好奇とやっかみの矢印で針山みたいにされるのは目に見えていた──今後も、この謎の絡まれが続くのであれば、だが。
正直なところ、これ以上ないだろうとは思う。それは何故か。単純にメリットがないからだ。
僕にとっても、神騙にとっても、何も得するところがない──どちらかと言えば、デメリットすら生まれるほどである。
だから心配することはない……とは思いたいのだが。
何せ、頭のぶっ飛んだ女である。
僕の考えが全く及ばない行動に出るかもしれない可能性は大いにあるのだった。
そのことを考えるだけでお腹が痛くなる。基本的に僕はプレッシャーに弱いんだ。
割れ物の如く丁寧に扱って欲しい……そう思いながら、チラと神騙を見る。パチリと綺麗なはしばみ色の瞳と目が合った。
真面目ったらしくされていた表情がふわりと崩れ、思わず見惚れてしまいそうな笑みを浮かべる神騙。
これを直視していたらうっかり惚れちゃうな、と己のチョロさを自覚している僕は、冷静にそう判断してさっと目を逸らす。
そうすれば、ポーンと紙くずが投げ飛ばされてきた。言うまでもなく、神騙からだ。
なんだなんだ、早速イジメる方向性に切り替えて来たか? だとしたら甘いな、神騙。
こういう地味な嫌がらせは既に中学で乗り越えてきた。今の僕にとって、それはちょっと紙で指を切ったくらいのダメージにしかならないぞ。
つまりは結構痛いということである。本当に勘弁してくれないかしら……シクシクと内心泣きながら、僕は紙を手に取った。
さて、開くべきか、開かないべきか……。
うぅんと一頻り悩んでから、そっと開くことにした。まあ、見るだけなら害はないしな……無いよね? 罵倒とか書かれてないよね?
ちょっとだけ不安を抱きつつも、丁寧に折りたたまれたそれを開けば、
『あんまりジッと見られると、嬉しいけど照れちゃうよ』
という文章が、やたらと綺麗な字で綴られていた。ついでにその横には、可愛らしい猫ちゃんのイラストが描かれている。
たっぷり十秒ほど読み込んだのちに、再びゆっくりと顔を向ければ、神騙は頬をやや赤くさせながらも、小さく手を振るのだった。
っすー……、やれやれ。
変な女アピールかました後に、そういう真っ当に可愛いことをするのは勘弁してくれないか。
真っ当に可愛く見えてきちゃうだろ。
ギャップと呼ぶには暴力的過ぎるが、ほんのりと熱が上がった気がした。
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