ざわつく教室。
ざわざわと、お祭りみたいに教室中がざわついている。
ギラギラとした、クラスメイトの好奇の視線が僕を貫いている。
何でこうなった、どうしてこうなった──その問いの答えは、どう考えても目の前の少女。つまりは神騙かがりによるものだった。
否、正確に言うのであれば、神騙かがりが他の誰でもないこの僕を、力いっぱい抱きしめたせいであるのだから、半分くらいは僕のせいになるのかもしれないのだが。
片や学校のアイドル。片や友達の一人もいないぼっちである。
それはそれはアンバランスな二人であり、注目の的になるには十分すぎる組み合わせだった。
刺さる刺さる、視線の矢が。
打たれる打たれる、ひそひそ声に耳朶が。
交わされる小さな声が合唱のように重なって、その欠片が僕にも届く。
「え、嘘。あれ誰?」
「神騙さんの彼氏?」
「は!? 彼氏!? どういうことだよ!」
「知らねーよ、叫ぶな」
「つか、誰だよあいつ」
「マジで誰だよ」
「いや本当に誰?」
「知らん、こわ……」
う~~~ん、何か流れ弾で怪我したみたいな傷つき方しちゃったな。
僕自身が、思いのほかクラスメイトに認知されていないことが発覚した瞬間だった。
ちょっと? 自己紹介がまだとはいえ、去年同じクラスだったやつもいるでしょう?
戦国時代でも生き残れそうな影の薄さなんだけど。何なら忍者として活躍できるんじゃないの? ってレベル。
いくら何でも僕が可哀想すぎるだろ。もう何か「実は幽霊?」みたいな雰囲気出てきたんだけど。
僕のメンタルはガラスなので、もっと丁重に扱ってほしかった。
泣いちゃう、泣いちゃうから。
「あはは……やっぱり泣きそうになってる。よしよし、大丈夫だからね」
「いや、よしよしも何もお前のせいなんだが!? 頼むから、可及的速やかに離れてくれ」
「う~ん……嫌かな」
「泣きそうなのは分かるのに嫌なのか……」
どうやらこの頭のおかしい女は僕をいじめるのが好きらしい。ニコニコとしたまま、僕を更にぎゅっと抱きしめるのだから、その性格の悪辣さが手に取る様に分かった。
くそっ、四面楚歌ってレベルじゃないぞ。
魔王と対面したと思ったら、魔物の群れに囲まれてた勇者張りの孤立無援っぷりだった。
このままでは本当に死んでしまいかねない、僕の弱点の一つは民衆の注目である。
幼少期から数えて、ここまで熱心に注目されたことなんて、多分二回目だ。
ちなみに一回目は何かの罰ゲームで一発芸やらされた時な。
教室の壇上に立たされて地獄の苦しみを味わったことを思い出し、普通に意識が飛びかけた。
というか今も飛びそう。緊張とかトラウマが僕の意識をぶんぶんと振り回している。僕はこの辺のストレスにめっぽう弱かった。
もう誰でもいいから助けてくんないかなぁ……。
「えーっと、ちょっと良いかな?」
そんな僕の願いが通じたのか、一人の男子生徒──確か、
それに応じるように、神騙は僕を離したが、その直後に僕の腕を絡めとった。いや何でだよ。
立向は面食らったように数秒固まってから、人好きのしそうな笑みを浮かべる。
いやいいよ、ちゃんと文句言ってやれ、立向! 人の話を聞く態度じゃないってな! 神が許さなくても僕が許す!
「その、神騙さんはそこの彼……
「うーん、難しいところなんだけど……そうね。今は恋人、かな」
「!!?」
「凪宇良くんはそうじゃないって顔してるけど!?」
「あっ、やっぱり旦那様の方が良かった? そうだよね、わたしたち結婚してるもんね」
「いや知らん知らん! 何それ!? 有り得ない過去の捏造をペラペラと語るのはやめろ! 思わず語彙が吹っ飛んじゃっただろうが!」
シレッと恋人にされていたどころか、夫になることまで内定させられている僕だった。おかしいだろ、一目惚れでも説明できない話の展開具合だぞ。
それなりの勇気をもって話しかけてくれたであろう、立向ですら、神騙の妄言に閉口しているようだった。
いや、あるいはただ、唖然としているのかもしれない。
確実に頭がぶっ飛んでいるように見えるのだが、彼女はそれでも神騙かがりであるのだから。
文武両道、男女分け隔てなく優しい、実に出来た美少女。
長い亜麻色の髪は美しく、シミ一つない雪肌はどこまでも透き通っている。
絵に描いたような、完全無欠の美少女だ。
それは否定しようのない事実で、だからこそ、僕も含めた全員が呆気に取られていたと言っても良い。
「ふふっ、そんなに照れなくても良いのに。きみは本当に、
「もうヤダこの人……話が通じてないよぅ」
「やだなあ、しっかり通じてるよ。だからきっと、邑楽くんにとっては意味不明だってことも、ちゃんと分かってる。だけど、だけどね。その上で言わせて欲しい──」
僕の腕を離した神騙が、片手をまるで、恋人同士がするように指を絡めて握り、もう片方の手で、そっと僕の頬へと触れる。
「──凪宇良邑楽くん、きみのことが好きです。わたしと、最期まで添い遂げてくれませんか?」
何故か、どこか安心感を感じさせる眼差しで、神騙は少しだけ恥ずかしそうに、けれどもハッキリとそう言った。
再びざわりと、教室に動揺やら混乱やらの波紋が広がった。
無論、それは僕も例外ではない。
言葉にし難いような困惑が脳を真っ白に染め上げていて、完全に思考が停止していた。
けれども、何か答えなければと思った僕の喉は、震えた声を何とか絞り出したのだった。
「と、友達からでよろしく頼む」
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