きっときみはここにいる。
お昼休みを嫌いかどうかと問われれば、当然ながら好きな者の方が多いに決まっているだろう。
たかだか一時間程度とは言え、登校してしまえば一日の内、約八時間は学校にいなければならない僕らにとって、お昼休みというのは非常に貴重な時間だ。
まずは空腹を満たし、その後は運動するも良し、遊ぶも良し、もちろん眠って過ごすのも良し。
凡そにおいて、自由に過ごすことを許されている時間が僕は好きだ。いや、まあ、嫌いな人の方が珍しいとは思うが。
そんな人は探してもそうはいないだろうし、そもそもにおいて僕は、大体何でも例外にはならないような、実に普通で普通な一般男子高校生である。
もちろん、家が金持ちだとか言う特殊な背景もないし、実は成績が学年でもトップクラス……なんて事情もない。
家も成績も、どちらも並だ。それ以上もそれ以下もない。
だから、何か特別な点を無理にでも見出すとしたら、
「友を必要としない、孤高の男ってところだな……」
「うわー……わたしは好きだけど、そういう一人でポツリと呟いてニヒルに笑うの、あんまり似合ってないからやめた方が良いよ、邑楽くん」
「うわー!? びっくりした! 何でお前がここにいる!?」
思わず僕の全身をビクリと跳ねさせたのは、当然ながら神騙であった。
亜麻色の髪が、窓に吹かれた風に揺られていて、美少女感がマシマシになっている。
僕らの通う、東京都立
一昔前まではマンモス校であったというが、今では少子化の煽りを受けたせいか、当時の見る影もない。
とはいえ、その時の名残は残っているもので、空き教室がチラホラ散見されており、鍵もかけられていないことが多かった。
つまり、教室に居場所が無い生徒にとって、簡易的な居場所とするのには最適だったという訳である。
その中で僕は、二年の教室がある二階から二つ上がった、四階の隅っこにある教室を、一年の頃から勝手に占領していた。
かつては文芸部か何かの部室だったのだろう。手狭な作りではあるのだが、妙な居心地の良さを感じて気に入った一室である。
基本的に四階は部活動くらいでしか使われておらず、この教室を利用しているのは現状僕だけであり、それがほんのりとした特別感を齎していた。
まあ、ちょうど今、その特別感は失われた訳であるのだが……。
「お昼になった途端、いなくなるから探しちゃったよー。まあ、どうせここだってことは、分かってたんだけどね」
「……中々の推理だな、探偵になれるんじゃないか?」
「急に犯人みたいなこと言い出した! それじゃあ探偵さんらしく、逮捕しちゃおうかなー」
いや、逮捕するのは警察の役割なんじゃないか、と思った僕の両手を、神騙は手錠の代わりとでも言うように、キュッと握った。
それから浮かべるというよりは、思わずと言ったように笑みを零す。
「えへへぇ……邑楽くんの手だぁ。懐かしいなあ、嬉しいなあ。どれだけ変わっても、きみはきみだって伝わってくる」
「おい、人の手を握って軽くトリップするな! 指を絡めようともするんじゃない、というか離せ!」
「だーめ、もう絶対に手離さないから。一生一緒にいようね、邑楽くん」
「マジな目で言うのはやめろよ……しっかり怯えちゃうだろ……」
本当の本気で一生とか言ってそうで普通に怖かった。前世設定は未だに継続中らしい──しかも、僕のお昼のベストプレイスを発見するくらいには、神騙はガチなようだった。
おいおい、学年に必ず一人はいる、「ごっこ遊びをやるなら徹底的に」タイプの人間か?
それ自体は別に良いと思うが、付き合わされるとなったら話は別である。
そういうのは身内でキャイキャイとやってたら良いんじゃないかな……。
「大丈夫、すぐに怖くなくなるよ」
「その断言の仕方がもう僕にとっては恐怖なんだが……」
「でも、そんなわたしのことが、邑楽くんは好きでしょ?」
「……神騙って、意外と謙虚さは持ち合わせてないんだな」
とてもではないが、噂通りのパーフェクト美人には見えなかった。いや、もちろん見た目は、百点満点中の一千点くらいであるのだが。
人は見た目だけでの生き物ではない。どちらかが大切か、なんて議論が不毛であるくらいには、性格も重視する生き物だ。
何も神騙の性格が悪いということを言いたい訳ではないが、だからと言って、噂されるほど出来た人間ではないように思えた。
初対面の男の両手を、がっちりと握って離さないくらいである。こう見えて会話中、結構抵抗してはみたのだが、結局振りほどくことはできなかったことが、その認識を後押しする。
「やだなぁ、人並みには持ち合わせてるよ。時と場合、それから相手によって使い分けてるだけ」
「いや相手相手。僕相手にも発揮しろよ、必要だろ」
「必要ないの──きみにはわたしの、素のところを見て欲しいから。そうしないと、邑楽くんは一歩も近づけないでしょう?」
見透かしたようなことを言う神騙であった。いや、あるいは事実、見透かされているのかもしれない。
美しいはしばみ色の瞳が、彼女の真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐな声音が、僕の心を全力でノックしているようだった。
思わずため息が零れ落ちる。
少しだけ動揺してしまった心を、それで一旦落ち着かせた。
「何で僕なんだ……っていう質問は、もう無駄か? 悪いが僕は、前世で云々とか言われて『はいはいなるほどそういうことね、完全に理解した』とか出来るような人間じゃないんだ。普通に困惑とか驚愕が勝る」
「うん、分かってる。だけど、それでもわたしは、邑楽くんのことが好きだから。そういうアピールはしないとダメじゃない?」
だからこれは、ただ好意を示しているだけ。と神騙は言った。
少しだけ照れたように、けれども偽りなく好きであると、ハッキリと。
「ねぇ、邑楽くん。きみのことが好きだよ、何度でも、何度でも言葉にするからね」
「……そうか。それならやっぱり、ハッキリと言うべきだよな。悪いが僕はそうでもない」
「あはは、知ってる──」
少しも落ち込んだ様子を見せず、神騙はそっと顔を近づけてきた。
ふわりと揺れた亜麻色の髪が肌に触れ、リップ音が耳元で鳴る。
「──でも、好きってなるものだから。覚悟しておいてね、邑楽くんっ」
そんなことを言い残し、神騙はその場を去────りはせずに、普通に隣の席に座った。
「いやそこは何か意味ありげに去るところじゃないの!?」
「? 邑楽くん、知らないの? 一緒にいればいるほど、人は心を自然と許しちゃうものなんだよ」
「頭はぶっ飛んでるくせに、しっかり論理的に落としに来るのやめろよ……」
────東京都立多々良野高校の四階。東側の隅にある小さな教室は、かつて、とある不思議な部活動に使われていた部室だった。
とてもではないが覚えきれないほどの生徒がいて、知らない先生がいるくらい教師も数が多い、そんな昔々の時代。
その部活は、その時代でさえもそこでひっそりと、細々とした活動を行っていた。
『あん? 一年か、迷子……って顔じゃないな。何だ、帰りたくなくて、学校をうろつきでもしてたか?』
けれども、そんな場所が、かつての神騙かがりにとって、何よりも特別な場所だったのである。
彼女が初めて、自分の運命と出会った、思い出の教室。
『それなら、お前は正解を引いた──ここは”帰宅しない部”。帰りたくない生徒が駄弁ってギリまで粘る場所だ、他の生徒には内緒な?』
だから分かった。
彼がいなくなった時、どこにいるのかを、考えなくてもすぐに思い当たった。
少しだけ高鳴る鼓動をそのままに、階段を駆け上がる。
いつかの記憶とあまり変わらない廊下を抜けて、最奥にある教室の扉へと手をかける。
そうして静かに扉を開けば、やっぱりそこには彼がいて。
あんまりにも彼らしいことを呟くものだから、思わず声をかけてしまった。
「うわー……わたしは好きだけど、そういう一人でポツリと呟いてニヒルに笑うの、あんまり似合ってないからやめた方が良いよ、邑楽くん」
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