第3章 黄昏刻に潜むモノ4


 † † †


 一日が二十四時間じゃないと知っている人間はどれだけいるだろう。

 いや、そもそもの話だ。

黄昏刻たそがれのこく』と退禍師達が名付けたその時間を〝体感〟できている人間は、人口としては一割にも満たないだろう。

 だが、確かに存在しているのだ。

『黄昏刻』にのみ活動する退禍師という存在が。

『黄昏刻』にのみ、狡猾に暗躍する〝禍津者〟と呼ばれる存在が。

 だから立ち上がる。

 人々の命を守るため、大切な存在を護るために〝禍津者〟と戦う者達がいる。


「今日のホームルームを始める」


 目黒先生のその一言で、クラス内に緊張が奔った。

 また何か無理難題を突きつけられるのではないかという疑心の眼差しが目黒先生に集中するのが判った。

「此処に三枚、札がある」

 目黒先生はそんな視線をものともせず、唐突に懐から三枚の紙切れを取り出した。

古式めかしい梵字で書かれた札だった。

「昨日決めたチームにそれぞれ分かれた上で、これから指示する場所にある祠に貼ってこい」

 そして祠という言葉に嫌な予感が募る。

 しかも良く見ればその札は封印を施すための術式が施されていた。

「せっ先生、質問です。それって学校外で……ということですか?」

「あ? 当たり前だ。実地訓練だと思え。――嗚呼、勿論この札はそれぞれ結界・封印の役割を担う物だ。それを貼り替えるにあたって相応の〝禍津者〟と遭遇することは覚悟しておけ」

「そ、んな……」

 項垂れるクラスメイト。

 その気持ちは分かる。昨日の戦闘訓練の後に、いきなりの実地訓練なのだから。

【この教師、やることが無茶苦茶だのう】

(なにか、考えがあってのことだよ。きっと……)

 リツの言葉に対し苦笑しながら、フォローになるか分からない言葉をかける。

 クジで決められたチーム――千石と秋葉さんの二人に向け、チラリと視線を向ける。

 千石については、表情は読み取れない。

 秋葉さんに至っては、不安そうな表情をしていた。

「昨日のことを体感した上で、敢えて問う。お前らはどうしてこの学園に入った? ただ退禍師になりたいだけじゃないだろう」

 目黒先生は、真剣な眼差しで問うてきた。

「家の事情や個人の思想、価値観、理由はまあ色々あるだろう。〝見鬼の才〟を持って生まれてきたが故に此処に来ざる得なかった奴もいるだろう」

 クラスメイトの皆、思うところがあるのだろう。

 目黒先生の言葉に、シンと耳を傾ける。

 不満を言うでもなく、茶化すでもなく、それでも響く言葉がそこにはあった。

「だがな、これだけは言っておく。〝視る〟ことのできるお前らが、視ることのできない奴等を護ること――これは義務じゃねぇ。だがな……、それが自分の大切な存在にすり替わった時、危険が迫っていた時に護りきれなかった後悔だけは味わって欲しくねぇ」

(目黒先生……)

 初めて、先生の本心を垣間見た気がした。

 護りきれなかった時の後悔。絶望。それは味わったことのある者しか解らない。

 けれど、味わったことのある者ならそれを他者に望まないだろう。

 同じ目に遭って欲しいとは思わないだろう。

 だからこそ、荒々しい刃零れをした刃物のような危うさと鋭さで……この先生は〝創手〟としても厳しく向き合ってくれているのだと思った。

 少なくとも、僕はそう感じた。

(もしかして、先生も……)

【かもしれん、な。まあ推測の域を出ないが……】

「………………」

 言葉にできない言葉が、喉の奥まで迫り上がる。

 初めは怖い、厳しいだけの先生かと思っていた。

 けれどその印象は、僕の中では既に別物に塗り替わっていた。

「……まぁ、余計な話は此処までだ。問題はこれから、山積みなんだからなぁ」

 ギラリとした鋭い目付きに、妖しい光がともる。

「昨日の経験で、各々の〝詠唱〟は解っただろう。それが、お前らの生き抜く力だ」

 そう、だ。

 昨夜の戦闘で……僕の鋼針は一対の紅い刀へと変化をしていた。

 同じチームの秋葉さんや、千石も僕とは異なる刀を手にしていたのを思い出す。

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