第3章 黄昏刻に潜むモノ3

「…………」

「…………」

 気まずいような、妙な沈黙が二人を包む。

 ムードメーカーたる秋葉さんがいないとこうも気まずいのかと内心呻く。

 何か話題を広げようとチラリと零の制服を一瞥すると、やはり入学初日に見た時同様、特別な式服を模した制服だった。

 僕らが〝禍津者〟と呼ぶ異形の怪物。

 それは〝黄昏刻〟と呼ぶ特別な刻限にかけて様々な場所に出現する。

 ソレがいつから現れたのか、起源は定かではない。

 けれど長い間、僕達人類を苦しめてきた存在なのは確かだ。結果として、長い年月を掛けて、人類は少しずつ対抗する為の術を身に付けてきた。

 先天的に、見鬼の才に開花した者。

 後天的に、見鬼の才を開花させられた者。

 もとより退魔の血筋に恵まれた者。

 少なからず〝禍津者〟に関わってきた者達は、八百万学園に集められる。

 望もうが望むまいが関係ない。

 それぞれ理由があるだろう。――〝禍津者〟を討つという使命が……。

 だからつい、その使命を課せられた神式家である零を見ると、気になってしまうというのが本心だった。

「この制服が気になるか?」

「いや、そんな……」

「隠さなくてもいい。クラスメイトの中でも浮いているのは解っている。だが、神式一族のしきたりでね。この学園内でも特別に仕立てて貰っているそうだ。だから――」

 ツイと零は視線の先をある一人の生徒に定めていた。

 その生徒は上級生らしかった。

 けれど零と同様の制服に身を包んでおり、それだけで神式家縁ゆかりの者だというのが、一目で分かった。

「アタシの身内だ。……神式一族の輩は、目に付きやすいのが困るな」

「…………」

 零の言葉の裏に隠れた想い。

 それを汲み取ることができず、ただ無言で返すことしかできなかった。

「そういえば、昨日は大変だったけど……秋葉さんとはどこで知り合ったの?」

 敢えて話題を切り替える。この際、不自然でもなんでもいいと思った。

「浴場だ。一人で長風呂をしていたら、秋葉が入ってきたんだ。入るや否や、石鹸を踏んで転んだかと思えば長い髪を洗うのに苦労していたようだったから、手伝った。まあ、裸の付き合いというヤツさ」

「ごほ……っ!」

【この女子、いけしゃあしゃあと……】

 思いがけない場所での出会いに顔が熱くなるのを感じる。

 一方で零は涼やかな表情で、特に気にしている様子もない。

【恥じらいというものがまるでない女子よのう】

 リツの呆れ声に苦笑する。

「まるで妹ができたようで嬉しかった。秋葉は愛らしいだろう?」

「そ、そうだね。その意見には賛同するよ……」

「朝もたまたま一緒になってな。有り難いことに、秋葉のほうから朝餉に誘われたんだ」

 ジーンと感動に打ち震えている零の姿に、思わずクスッと笑ってしまった。

「……なんだ。そんな表情もできるのか、キミは」

「え……?」

「なんとなくだが、人と一線を引くようなタイプだと思っていたからな。笑顔が不自然に自然なところとか」

「……ッ」

 思いがけない言葉に、ドキリの心臓が高鳴る。

「だが、先ほどの表情は良かったぞ。れん」

 何処から目線のアドバイスなのか、いまいち分からないながらも褒められたというのだけは判った。

【この女子、なかなかに侮れんようだのう】

 クカカッとリツの笑い声が脳裏に響く。

「あ、ありがとう……?」

「なに、礼には及ばないさ。クラスメイトとして、これからも仲良くできるのが嬉しいのだろう。思いの外、今日は饒舌な自分がいる」

 そう言って今度は、零のほうがチラリと微笑んで見せた。

 その表情は秋葉さんとは違い、高校生が浮かべるにしては妖艶な笑みをしていた。

「零ちゃん、れんくん。お待たせ!」

 席を確保してきたのだろう。

 秋葉さんが、再び小栗鼠のような素早さで戻ってきた。

「さぁ、行きましょう。朝ご飯、何にしようかな~」

 ウキウキと楽しそうに先導する秋葉さん。

 その姿に、零と目配せしあうと微笑みあった。

(秋葉さんは本当に、明るい人だな……)

 そう思いながらも、微かに――本当に微かだが、零に言われた言葉が棘のように心に刺さっていた。

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