第3章 黄昏刻に潜むモノ2
「ん……」
目元に違和感を感じ、ゴシゴシと擦ると、泣いていた。
懐かしい悪夢。
懐かしくて、愚かしくて、脆弱な悪夢の欠片。
それは時折、僕の心の奥底から浮上してはこうして夢という形で顕現する。
【目が醒めたか】
不意に声がしたかと思うと、部屋の段ボールの山の中からピョイとリツが飛び出してきた。
段ボールの山をどうやったのか、一部を開封しては引っ張り出していたらしい。
「おはよ、リツ」
【ああ、おはよう。……れんよ、
「そうだね。朝というより、昼餉になりそうだけど」
【それよりも、よく眠れてないようじゃな? 魘されておったぞ】
相変わらず察しの良い友達に、苦笑する。
掻い摘まんで夢の内容を話すと、リツは形容しがたい渋い表情をした。
【随分とまた昔のことを夢見たものだな……。あの教師のせいだな】
グルルと怒りの混じった声で、リツが低く唸ったのが聞こえた。
「でも、ホント……リツには隠しごとができないなぁ」
【当たり前じゃ。私をなんだと思っておる】
「フフッ、えらい神様でしょ?」
【そうじゃ】
よく分かっているな、とリツは二又に分かれた尻尾でフワリと頬を撫でると、そのまま僕の影の中へと飛び込んでしまった。
「リツのこと、皆に紹介したいけどなぁ」
【私が好かん。おまえさんだけが〝特別〟なんじゃ。それを肝に銘じろと前から言うておるじゃろう。諦めるんじゃな】
「特別……。そっか」
歯痒いその言葉に、微笑みながら自室を後にする。
学食に行くと、そこは既に起床した生徒達でごった返しになっていた。
「凄い……。上級生も混じってるけど、でもかなりの人数だ」
八百万学園に在籍する生徒の総数は、入学前のパンフレットでは八百人ほどと記載されていたのを思い出す。単位式で、必要な科目の単位が足りなければ、留年もあるらしいから、実際のとこをもう少し多いのではないかと思った。
ぴょこん……!
「ん……?」
学食のメニューが貼られた掲示板を見ようと、人混みの隙間をぬって歩いていた時だった。
特徴的な髪と、ジャンプ力が視界の端を過った。
(もしかして……)
既視感を覚えた僕は、行き先を少しずらして前に進む。
するとやはり目的の人物がいた。――秋葉さんと、その隣りにはクラスメイトの少女が一緒にいた。入学初日のクラスの中でも、式服を模した制服を身に付けていた少女で、その特徴から、名前までは分からないものの顔は覚えていた。
「ほら、秋葉。なにが食べたいんだ?」
「あうぅ……、零ちゃん。ありがとうです」
零ちゃん、と秋葉さんが呼んだ少女は携帯のカメラ機能で撮った写真のメニュー表を秋葉さんが見えるよう拡大して見せているようだった。
「あっ、れん君! おはようございますです。零ちゃん、昨日話していた同じチームのれん君です!」
「おはよう、秋葉さん。えっと……貴女は……」
ふと此方に気づいた秋葉さんが、画面から視線を外すと満面の笑みを浮かべて手を振ってきた。それに応えるように手を振り返しながらも、傍らにいる少女へと視線を向ける。
「……。キミが日暮れんか。アタシは零。
「……!」
神式と名乗ったその苗字に、一瞬身が強張る。
けれど、神式零と名乗ったその少女はそれ以上言及することなく、徐に手を此方へと差し出した。
「色々話したいこともあるが、今はその時ではないだろう。同じクラスメイトとして……宜しく頼む。れん」
少女は凜とした声で告げる。
「あ、ありがとう。零、さん」
「零でいい。――今しがた、秋葉と食事を共にしようと話していたんだ。キミも一緒に食べようじゃないか」
「……それじゃあ、邪魔じゃなければ一緒にしようかな」
一瞬、躊躇いはしたものの一人で食事をするのは心寂しくもあった。
だから気づけば、ポツリと言葉が口から零れ落ちていた。
「それじゃあ先に席を確保してきますね!」
そう言うと、秋葉さんは小栗鼠のような小柄な身体をなんとか人混みの隙間に潜り込ませてはテーブル席のほうへと走って行く。
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