第3章 黄昏刻に潜むモノ5

「転化させた刀は常に持ち歩け。いつ何時〝禍津者〟が現れても対処できるようにな」

 そこまで話し終えると、目黒先生は各チームで固まるようにいい、それぞれに三枚の札と地図を配布していった。

 四番のチームとして固まりあった時、秋葉さんも千石も神妙な面持ちになっていた。

 それだけ先ほどの言葉が響いただろうと思った。

「なあ、リーダー……決めとかねぇか。いざと言うときのために」

 徐に口を開いた千石は、やや気怠げな声ながらも一つの提案をしてきた。

「足を引っ張られンのは御免だ。けど、チームでやっていく以上、ある程度のまとまりは必要だ。――生き残るために」

「です、ね」

「そうだね」

 三枚の札と地図を見下ろしながら、同意する。

「ちなみに提案したのは俺だが、リーダーは御免だ」

 責任感があるのかないのか、千石は一方的にリーダー役を切り捨てた。

 ……となると残りは自然と決まってくる。

【昨日の状況から察するに、この女子には無理じゃろうなぁ。見極め時が判断できんじゃろう】

「…………」

 リツの言葉に、昨日の戦闘時に怯えていた秋葉さんの表情が蘇る。

 加えて千石からの視線が刺さる。「お前がやれ」と暗に言われている気がした。

「じゃあ、僕が……やるよ」

 リーダーをやることに不満はない。

 責任と判断力。

 そのどちらも備わっているかと問われれば自信はない。

 けれど、チームみんなの命を預かる覚悟はある。

「各々確認したかぁ……?」

 各チームが役割分担をし終えたのを確認したのだろう。

 目黒先生が声を掛けてきた。

「鋼針から〝転化〟させた刀を見せろ。一人ずつ別室で点検してやるから出席番号順に来い。最初は……赤坂だな。着いてこい」

「はいッス」

 クラスメイトのうち、赤坂と呼ばれた少年が声を上げ目黒先生に連れて行かれるのを横目に見ながら、僕は密かに自分の刀――冥血と魄冥を握り締める。

 改めて、自分が〝護る側の人間〟になったのだと思った。



 退禍師への依頼は、様々な方法で届く。

 公に明かされていないが、公職に届いた相談事から依頼に繋がる物もあれば、伝手を頼って届く物。加えて、たまたま異形と居合わせたところを助けられ、退禍師に協力関係を持ち出す者など様々だ。

 そしてそれ以外――退禍師は黄昏刻から夜間に動く。

 その時間帯が一番〝禍津者〟どもが活発化しやすいからだ。

〝禍津者〟――広義的に言うなれば、それは魑魅魍魎の類いだろう。

 何年、何百、何千と古来より闇の中に巣くってきた異形の数々。

 それらは見境なく、人々に牙を向く。己が欲望のままに……人を攫い、喰らい、隠す。

 それに抗える者など〝視る〟ことのできない常人には、ほぼ不可能だ。

 それは、そうだろう。

 かつては僕もそうだった。

〝見鬼の才〟が開花する前のこと……。

 僕はずっと『護られる側』の人間だった。

 古来より、退禍師を輩出してきた名家――日暮家。

 けれど、その中でも僕は〝異端〟だった。

 能力開花の遅れ。

 武芸の覚えの悪さ。

 それは日暮家にとって、恥の何物でもなかった。

「父様、あの……」

「お前如きが私に話しかけるな」

「母様、あの……」

「母様なんて呼ばないで頂戴。鬱陶しい」

「…………」

 だから僕は……隠された。忌み子として、出来損ないとしての名を冠された。

 居場所のない僕の話し相手は、専ら一匹と一人。

 一匹は、リツ。いつからか、僕の影の中に存在していた偉い神様。

 そしてもう一人は、兄様だ。

 十歳ほど歳の離れた兄は、既に退禍師として活躍していた。

 北で〝禍津者〟の報せを受ければ誰よりも早くに駆けつけ討伐し、南で結界が壊れたと訊けば、術式を施し結界の修復をする。

 誰よりも早くに出掛け、遅くに戻る。

「…………」

 その姿は酷く献身的で……ある意味、自己犠牲を伴うもの。

 けれど、自分を省みぬ危うさを孕むと同時に、それは多くの人々を〝禍津者〟から護っていた。

 だから、憧れた。

 どんな姿形であれ、人々を護ることに。

 力ある者としての、役目を全うするその姿に。そして、

「ただいま。れん」

 兄様は必ず、任務の合間に帰ってくると僕に優しく声を掛けてくれた。

 出来損ないなど関係ない、と。

 そう言って、兄様はいつも優しく頭を撫でてくれた。

 誰よりも愛情をくれたのが……兄様だった。

 けれどその兄様も今はいない。

 そう、もう……いないんだ……。

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