第2章 銘と名の調べ4


 † † †


 一騒動が終わり、ようやく一つの関門を終えられた僕達は、寮の学食に集まっていた。

 時刻は夜の二十一時。

 遅めの夕食を摂りながら、各々が先ほどの訓練や担任である目黒先生の印象を口にしていた。

「いきなりあんなのアリかよ……」

「私、死んじゃうかと思っちゃった」

「俺、何もできなかった……畜生」

「目黒先生、だっけ? 着いていけるか不安だな」

 一様に浮かべる表情は暗い。

 それもそうだろう。

 入学早々――なにもなく、否、地獄だけが待ち構えていたのだから溜まったものではない。自己紹介も疏らに、各々が食事を口に詰め込んでは寮室へと向かっていく。

「秋葉さん……食べられそう?」

 僕の正面で青白い表情のまま、食事を口にしている少女に問いかけた。

「た、食べますです。ご飯を残すと、目が潰れるですから」

 そう言うと秋葉さんはもそもそと、小さな手でパンを千切ってはスープに浸し口へと運んでいく。

「そういう状況じゃないかも知れないけれど……」

 だが、無理に止めることもできない。

 そういう僕も食欲はわかなかったが、無理やり白米を口に運んでいた。

「まさか……あれが戦闘訓練だとは思わなかったね」

 ポツリと呟く。

 そう、つい先刻まで繰り広げられていた地獄。

 それは、目黒先生曰く戦闘訓練だと告げられたのだ。

 しかも幻覚作用を用いた上での訓練。

 黄昏刻の空間も、怪鳥も、自分達が負った怪我のほとんどが――クジに仕込まれていた〝術式〟の作用だというのだから半ば信じられなかった。

【〝禍津者〟……奴等は黄昏刻に活発化しておったろう? なのにこんな時間に奴等が現れて可笑しいのとは思わんかったか】

(……気づいてたのなら、教えてくれてもいいのに)

【それではおまえさんの為にならんからのう】

 いけしゃあしゃあと言ってのけるリツに吐息を零す。

【それとも何か? 屋敷の頃のような鍛錬で満足か? それでおまえさんは〝成りたい者〟に成るつもりか】

(…………。違う)

 僕が目指す場所は……目指す人は他にいる。

 そのことを改めて自覚させられると、心が締め付けられる。

 苦しい――けれど決して辛いものではなかった。

「そう、です。訓練の時、助けてくれてありがとうでした」

 訓練のことを思い出したのだろう。

 秋葉さんは深々と頭を下げてきた。

「突然のことに、頭が真っ白になっちゃって……それで――」

 不意に、秋葉さんの口から言葉が零れ落ちた。

「――わたし……悔しかった、です」

 そして瞳からはポロポロと涙が溢れ頬を伝い落ちる。

 それは恐怖心もあったかも知れない。

 けれど〝悔しかった〟と秋葉さんはハッキリ言葉にした。

「れん君に助けて貰うあの瞬間まで、震えて何もできなかった……。別に、自分がなんでも出来るって慢心してた訳じゃない、です。でも、でも……初めて〝禍津者〟と戦うんだと思ったら、怖くて動けなくなって……」

「…………」

 心の底からの言葉なのだろう。

 その感情に眉を顰めた。

 その気持ちは、痛いほど解る。

 悔しさも、辛さも、歯痒さも、不甲斐なさも……すべてが混ざり合った感情に違いない。

 だってそれは、かつて僕も抱いたモノだったから。

【まるで昔のおまえさんを見ているようだのう。おまえさんもよぅく泣いておった】

(そうだね……。本当に、昔の自分を見てるみたいだ)

 そこに嫌悪感など抱く筈もない。同情心とも違う。

 ただ、強くなりたいと願う純粋な想い。

 それを尊重し、尊敬し、協力したいと思った。

「無理しないで……。秋葉さんのペースで、一緒に頑張っていこう」

 口に出した言葉が適切だったかは分からない。

 でも、真意は伝わって欲しいと思った。

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