第1章 黄昏の学園2
赤レンガの塀に、青銅の門。
塀と同色のレンガが敷き詰められた先には、黒い校舎が聳え立っている。
夜間校ということもあり、建物のうち教室らしき窓からは白熱灯の明かりがもれているが、それが一層不気味さを助長していた。
(まるで、肝試しに来たみたいだ……)
そんな感想を抱きながら、レンガの道を歩いて早数分。
生徒玄関前に辿り着くと、そこにはクラス割りがライトアップされていた。
(なんだか、ここだけ普通の学校みたい)
新入生らしき生徒達はそれぞれ掲示板を確認すると、各自教室へと散っていく。
【さっさと教室とやらに行こうぞ。あまり長居してても時間の無駄じゃぞ】
「わかってる……。って、あれ?」
ぴょこん……!
ふと人混みの中で、一際目立つ色があった。
「ん……?」
掲示板の傍で、何かが跳ねた。
【どうした、れん】
「いや、今なにか……」
ぴょこん……!
まただ。赤いリボンのような、何かがヒラリと跳ねては舞い降りた。
目を凝らして人の波を見つめていると――いた。
「あ、あの……。すみません……!」
前に行かせてください、と蚊の鳴くような声で訴えている人物。
それは、一人の少女だった。
腰にまである長くて赤みがかった髪が印象的だ。その容姿は幼く見えるせいもあってか、一瞬年下かと見間違いそうになる。
けれどその身に纏っているのは紛れもなく八百万学園の制服。
そして掲示板の前に行こうとしているということは、同じ新入生なのだろう。
【れん……?】
「ごめん。ちょっと行ってくる」
言うや否や、人混みを掻き分けるとその少女に声を掛けた。
「クラス、確認しようか?」
「ひゃう……!」
突然声をかけてしまったからだろう。
少女は、まるで痴漢にでも遭遇したかのような悲鳴じみた声を上げるとカチンコチンに固まってしまった。
「……ご、ごめん。なんだか困ってそうだったから」
「あ、あ……の。ありがとうです。お、お願いしてもいいですか?」
固まってから数秒。僕の言葉を咀嚼し、理解し終えたのかゆっくりと動き出し、声を上げた少女はその小さな手に持っていた紙切れを僕に渡してくれた。
「あれ……?」
「ど、どうしたですか? まさか、番号がない……とか?」
「いや、そうじゃなくて――僕と君、同じ壱組みたいだ」
† † †
「さっきは助けてくれて、ありがとうです」
昇降口で靴を履き替えると、少女は改めてお礼を言ってきた。
「なんか、入学初日から大変そうな目に遭ってたね」
「人混みにのまれるのは良くあるので慣れてはいるのですが……流石に今日ばかりは疲れましたです」
それもそうだろう。
入学式にクラス分け――新しい環境に、新しい人間関係をこれから築いていかなければならないのだ。緊張しないわけがない。そういう自分だって、決して他人事じゃない。リツがいなければ、もっと心細かっただろう。
「あの、わたし……秋葉原秋葉と言います。同じクラスどうし宜しくお願いします」
「僕は日暮れん」
「え……、日暮って……?」
何か言葉を言いかける秋葉原さんに対し、僕は曖昧に微笑みかけた。
「秋葉原さんは――……」
「あ、あの。秋葉って呼んで下さいです。わたし、苗字で呼ばれることに慣れてなくて……」
「そう? なら僕のことも、れんって呼んでくれると嬉しいな」
「は、はい。わかりましたです」
それから他愛ない会話をしながら、自分達の教室である三階の壱組へと向かう。
開け放たれたままの教室には、既に何人かのクラスメイトが集まっていた。
中には〝式〟と呼ばれる特別な装束に身を包んだ生徒もいた。
「席は……窓際か」
「あっ、わたしは廊下側です……残念、離れちゃいますね」
ショボンと少しばかり寂しそうな表情を浮かべる秋葉さん。
(ころころと表情が変わる人だな……)
喜怒哀楽、そのすべてにおいて裏表がなさそうに見える。
その安心感に、思わず僕も笑ってしまった。
【なんじゃなんじゃ。入学早々、女子をたぶらかしおって】
(たぶらかすだなんて、人聞きの悪い。そんなじゃないよ)
【にしても、この女子……容姿に似合わないモノを宿しておるのう】
(え……?)
何か判るの? そう頭の中でリツに念話を飛ばそうとしたその時だった。
キーンコーンカーンコーン……!
授業の開始を告げる予鈴が、周囲に響き渡った。
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