第2章 銘と名の調べ

「新入生ども集まっているかー? 全員席につけ」

 唐突に現れたその人物は、まるで葬式の直後にそのままやって来たかのような格好だった。

 上から下まで真っ黒なスーツに身を包み、喪服を連想させた。

 正直、入学という祝いの席には不釣り合いで縁起が悪い、とすら思えたが口には出さなかった。

「あー。俺がこの壱組をまとめる、目黒めぐろ龍臣たつおみだ」

 喪服男は、どうやら教師らしい。

 そして目を凝らして見てみると、帯刀しているのが解った。

(やっぱり、普通の高校とは違うんだ……)

 平然としている人物――目黒先生の刀につい視線がいってしまう。

 遅れて突きつけられる事実に、内心愕然としながらも言葉に耳を傾ける。

「早速、ホームルームだ。必要なモンの大半は寮に送ってあるだろうから、此処では〝これから〟必要になるモンだけ渡していく」

 有無を言わせない雰囲気に、クラスメイトは騒然とする。

 其処彼処から、入学式はないのかとの声が囁かれた。

 だが、目黒と名乗った教師はそんな言葉も一刀両断で切り捨てた。

「期待してたか? だが入学式なんぞ時間の無駄だ。残念だったな」

「本当に、入学式は無いんですか?」

 クラスメイトのうち、眼鏡をかけた高身長の少年が声を上げた。

「自己紹介とか……」

「そんなモノ必要ねぇよ。此処をなんだと思ってる。時間は一分一秒も無駄にできねぇんだよ」

『そんな……』

 愕然とするクラスメイト達。

 その姿を横目に見ていると、リツがケタケタと笑いながら話しかけてきた。

【せっかく考えておいたものが無駄になったのう】

(まあ、無いならないでいいんだけど……)

 特段、楽しみにしていた訳ではない。

 けれど改めて恒例行事がないという事実に、どこか物寂しさを感じてしまう自分もいた。

「此処に全員分の〝鋼針〟がある。順番に前から配るから、後ろに回していけ」

 目黒先生は、竹籠で編まれた筒状の何かを何処からともなく取り出すと乱雑に開ける。

 中にはギッシリと、黒みがかった金属の棒が何本も納められていた。

「鋼針……」

 訊いたことのない単語。けれどそれがどれだけ重要な物なのか、薄々察しはついた。

 順番に回ってきた『鋼針』を両手で受け取る。

 名のとおり、金属特有の臭いとズシリとした重さが掌から全体に伝わってきた。

(鋼針。これって……もしかして)

 改めてこの学園が普通科の学校とは異なるのだと認識する。

『八百万学園』の本当の姿を識る者であれば、それが何を意味するのか、おおよそ理解はできるだろう。

「まさかとは思うが、この学園が普通の全寮制の学校だと勘違いしている奴はいないだろうな。此処にいる奴等は全員、曲がりなりにも〝見鬼の才〟があると認められた奴等だ」

 目黒先生はやや乱暴に、掌を黒板に叩き付ける。

「おまえ達は一般人とは違う〝才〟がある。だからと言って傲るなよ。所詮は、まだ視えるだけのひよっこだ。教師である俺ら――〝創手きずきて〟の指導のもとでやっと〝退禍師たいかし〟のスタートラインに立てる」

 改めて言葉にされることで、教室の空気に緊張感が混ざるのを肌で感じた。

 そう、僕らは退禍師の見習いとしてこの学園に入学した。

 退禍師とは、常人には見ることのできない存在――〝禍津者まがつもの〟を討伐するために存在する。

 素質は天性のものから、血統に至るまで様々でその中でも〝見鬼の才〟を見出された者のみが特別な修行を経て正式な退禍師として認められる。

 そして此処『八百万学園』こそ、全国から退禍師の見習い達が集められる特別な教育機関だ。

(退禍師……)

 手元の鋼針をギュッと両手で握り締める。

 嫌でも思い出す、かつての記憶。血みどろに塗れた自分の姿を――。

 数多の挫折。

 幾多もの葛藤。

 自己否定という名の負の連鎖。

 それを断ち切るまでに築いてきたガラクタを心の裏側へと押し込める。

 今の僕は、一人じゃない。

 今の僕には、友達がいる。

 かつて味わっていた地獄の底から、掬い上げてくれた友達がいる。

 だから――不安感も、恐怖心も、劣等感も、強さに変える。

 いや、変えてみせる……!

 微かに震える感覚が伝わったのだろう。

 リツが不意に話しかけてきた。

【れんよ、スタートラインに立った気持ちはどうじゃ?】

(ゾクゾクする……。武者震いって、言えばいいのかな)

【クカカッ、武者震いか……! れんは意外と肝が据わっておるのかもな】

 普段は後ろ向きな悪癖があるが、とリツは僕の弱点を突いてくる。

「よぅし……、全員鋼針は持ったな」

 全員に一メートルほどの鋼針が行き渡ったのを確認すると、次に目黒先生は小さな箱に何枚もの折り畳まれた紙切れ――クジを引くようにと促してきた。

 出席番号順にクジを引きに行く。

 そして僕の番になり、箱の底から一片の紙を拾い上げると席に戻る。

 折り畳まれた紙を開くと、そこには朱色の毛筆体で『四』の字が綴られていた。

 クジを引いてすぐ後のことだった。

「全員クジの番号を確認したな? それなら、クジと鋼針を持って全員校庭に出ろ」

「え……?」

 端的なその言葉に、クラス内が再びザワついた。

 それも当たり前だろう。今の時刻は十九時に差し掛かっている。

 チラリと窓側に視線を向ければ、外はすでに夜の帳が覆い隠していた。

 入学式もなにもない。

 渡されたのは鋼針と呼ばれる金属の棒切れとクジだけだ。

 そんな中、これから外で何があるのだろうか、と。

 得体の知れない緊張感が奔る。

「十五分以内だ。遅れた奴には罰を与える」

 言うや否や、目黒先生はスタスタと先に教室を後にした。

「どうする?」

「どうするったって、行くしかないだろ……?」

「外、真っ暗なのに……」

「やだ、怖いよ」

 クラスメイトは口々に、抱いた感情をそのまま吐き出す。

【やれやれ。どうやら入学初日から一悶着ありそうだのう】

(そうかも知れないね)

 先の見えない恐怖感よりも、不信感のほうが募っていく。

 念話でリツと言葉を交わしている間にも、クラスメイト達は不満を漏らしながらも次々に教室を後にしていく。

「ん……?」

 そんな中、一人微動だにしないクラスメイトがいた。

 この八百万学園に来て初めて言葉を交わした少女――秋葉さんだった。

 一瞬、声を掛けるべきか逡巡する。

 けれどこの学園に入学した以上、自分に課した決め事があった。

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