第6話 これからも
私たちは入り口から入ってすぐにあるコーヒーチェーン店に入った。
シックな風情、濃い茶色の木の模様をした壁紙に色の合った古さを感じさせられる黒い木の椅子。
カウンター席もあり、そこにも同じような色の木が使われており特別内装なのかと思ってしまうほど独創的な世界だ。
まるで、大きな木の中にある幻のカフェにでも来たかのような感じの雰囲気。
「いらっしゃいませ~」
制服を着た店員さんが、中へと案内した。
私たちが座ったのは店の中でも端に位置する二人席。
七瀬とは対面で話すことになり、私は既にドキドキしていた。
まるで昔に戻ったかのような感じがする。
「何にする?」
「んー、ブラックで」
「うそ、あんたカプチーノしか飲めないって言ってたじゃない」
七瀬にはコーヒー関連で苦い思い出がある。
コーヒーと苦いを掛けた訳ではないが。
七瀬と映画を見ようとした時、二人でポップコーンと飲み物を買おうという話になり、七瀬はコーラ、私はコーヒーを頼んだ。
そして私はドリンクとポップコーンが盛られた容器を持って上映ホールに向かった。
カップルシートと言われる一番上の二つしかない端の席に座り、そこで七瀬に飲み物を渡し、そして私はポップコーンを食べた。
そして飲み物を一口、炭酸特有のしゅわしゅわとコーラの甘味が口の中に走った。
その後私が思いついたのはいつも甘いものしか飲まない七瀬にブラックコーヒーを飲ませたらどうなるのかという何とも小悪魔らしい考えだった。
私の手に持っているボトルの中身が、コーヒーと知りながらも私は七瀬に容器を渡す。
「ありがと」とクールに言いかまし、七瀬は可愛くストローに口をつけてぐいっと吸う。
「ぐはぁっあ!」
横でポップコーンをつまんでいた私の太ももに冷たく、かといって一部分は生暖かい液体がかかる。
その正体は無論、七瀬の吐いたコーヒー。
「ああっ! ごめん!」
「あはは! そんなにコーヒー苦手だったの?」
「おま、知ってたのか!」
「知ってなかったらちゃんと渡すし~」
「くっそ……」
「てかさ、私の太もも濡れたんだけど……?」
足を組みなおしたりして被害をより甚大にする。
ぴちゃぴちゃと液体の音を鳴らし、七瀬に私の太ももにコーヒーをぶちまけたという事を認知させる。
あの時の七瀬の顔は薄暗くて良く分からなかったが、それでも当時で過去一番に面白かった記憶がある。
「あっ、えっ、そのっ、ご、ごめん!」
焦りながらもティッシュで拭こうとしたのか私の太ももをベタベタと触ったりもしてたし、それに映画が始まったせいでホールは更に暗くなって視界が悪くなったせいか、私の胸を平気で触りやがった。
映画が始まったせいで声も出せないし、あの時はふっかけた私が遊ばれてる気がして屈辱的だったしそれと同時にカップルみたいだなと高揚感も高まった。
でも、嫌悪とか気持ち悪いとかっていう感情は出てこなかった。
そして今も――
「おい、どうした? 顔が赤いぞ」
不意に声を掛けられ、私はハッとした。
ったく、思い出してるんだから話しかけないでよね。
「い、いやあんたがコーヒー私の太ももにぶちまけたの思い出しててさ?」
「あーあれか。恥ずかしいからやめてくれ」
話題に出した瞬間、七瀬の顔がみるみる内に赤くなっていった。
こやつ、照れてるな。
もっと可愛い顔を見せろ、こういう時しか見れないんだから。
「やめないし。私、なせくんの事なら何でも知ってるんだから」
「た、たとえば?」
「遊園地で私が絶叫系無理なのに無理矢理連れて行って、その後お化け屋敷行こうって私が言ったらなせくん意地でも行かなかったじゃん。あれってやっぱり男のくせして怖いの苦手なんでしょ?」
「うっ、なんでそんな事……」
「あと、初めてプリクラ撮った時とか落書きの意味知らなくて迫真の顔でさ『二人での思い出なのに落書きなんてしたらもったいない!』とか言っちゃって」
「ああもう、そんなに俺をいじめても何も出ないぞ」
「もういっぱい出てるし」
「何が」
私は口に一指し指を当て、あざとく「内緒」と言った。
それに惹かれたのか七瀬は肩をビクっとさせ、これも照れ隠しなのか口に手を当てて口元を隠した。
まだまだ希望はあるのかもしれない。
「内緒って、俺らに内緒は無しだろ?」
「それじゃあこの一年間何してたか教えて?」
「バイト」
「それだけ?」
「それだけ」
「ふーん」
表情から判断するに嘘はついていないように見える。
でも七瀬の事だ、七瀬は隠し事が上手い。
それこそ、私を差し置いて女と関わる事もちらほらあった。
まあでも七瀬は向こうが一方的に関わって来たと白を切っていたが。
七瀬が自分以外の女と関わると凄くモヤモヤする。
それは今もそうで、この一年間も気になって仕方が無かった。
何度も七瀬とのメッセージ画面を開き『最近どう?』と打ち込んでは消すという作業を繰り返していた。
もし七瀬に彼女が出来ていたら、親密な人が居たら迷惑だと考えてしまい行動するに出来ない。
でも、七瀬の一番は自分が良いと思ってしまい、それが心を苦しめる。
「逆に彩音は何してたんだよ」
「えっ、秘密」
「そっか、じゃあ帰る」
「ねぇうそうそ! 嘘だってば!」
七瀬のジト目が私の心臓にチクチクと刺さる。
そんな目、しなくたっても良いじゃないか。
「私は、ずっとあんたに会いたかった」
今語ってはいけない、そう思いながらも私の口は止まらない。
「ずっと連絡ないから嫌われたのかと思って凄く心配だったし、自分からなんかメッセージ送れなくてさ、なんか申し訳なく思ってて……」
つい話過ぎてしまったと思い自分で口を閉じる。
怖くて目を瞑る。
また七瀬を不安にさせてしまったのではないかと手に力が入り拳をぎゅっと握る。
ほんと、七瀬と再会してから私の情緒はおかしい。
昔は全然気にしなかった事に対して変に神経質になってるし、嬉しい事があるとすぐに舞い上がってしまうようにもなっている気がする。
「なんだよ、そんな事心配してたのかよ」
頭にゴツゴツとした感触が走る。
それはやがて、私の頭を優しく撫で始めた。
「え」
目を開けた先の光景に思わず声が漏れてしまう。
「あ、えっとごめん。昔の癖で……」
「い、いいよ。それに、そんなに嫌じゃないし……」
七瀬の顔は赤くなり、ほんのりと目が潤んでいる。
それはきっと私も同じだろう。
それに今は、何だか七瀬に包まれてるって感じがして凄く心地良い。
これが庇護欲と言う物なのだろうか、包まれている感覚が不安と言う文字を安心と言う暖かい文字に変えてくれる。
私も、七瀬にこの欲を与えられるだろうか。
というか与えてあげたい。
あの頃の様に互いに支え合い、辛い事があったら互いを慰め合う。
そんな関係に戻れるだろうか。
いや、戻るんだ。
「あのさ七瀬」
「ん、なに?」
「私たち、また昔みたいに戻れるかな」
復縁を迫る彼女のようなセリフを吐く。
それでも何も恥じらいなどは感じず、本心から出た言葉だと分かる。
これからもそうだが、まずは今日を乗り越えてそして次に繋げていくためにも、ここで関係を難解な物にしてはならない。
「そうだな。俺は戻りたい、というか戻れないと死んじゃいそうだ」
笑いながらそう言う七瀬。
その笑みからは嘘を付いているようにも見えないし何より、七瀬が本心から嬉しい時にする笑みに似ていた。
「そっか、そうだよね! 私も、なせくんとはずっと一緒に居たい!」
私たちしかいない店内に響き渡る声。
それは次第に喜びの声から泣き声へと変わった。
アンティークな床に落ちるその涙は痛みや悲しみから出るものではなく、喜びから落ちる物だった。
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