第3話
「はじめまして。
楓はテーブル越しに深々と頭を下げ、小夜子と同い年と思えないぐらい礼儀正しく挨拶をした。
「私が
名刺を差し出しながら、俺は少しキリッとした表情で挨拶を返す。
「篠原……月さん? お名前は、つきさんですか? まさかライトさんでは無いですよね?」
楓が某有名漫画の登場人物を引き合いに出してきた。こんな真面目そうな子でも漫画を読むんだな……。しかし俺にとってはやり尽くした問答だ。
「残念ながらライトではなく、ノチェと言います。篠原
「でも、『夜』と書いてノチェさんでは無くて、『月』と書いてノチェさんだなんてお洒落ですね」
「そうですね。変り者でしたが、祖母のセンスの良さだけは認めざるを得ません」
楓は名刺と俺の顔を交互に見比べて感心している。俺は鼻の下を少し伸ばした。
小夜子が横目で俺を見ている。
「所長、御婆様はまだご健在です! それに楓の事、私より礼儀正しい娘って思っているでしょ? 鼻の下が随分と伸びてますよ」
――なっ、何を言うんだこの娘は。せっかく大人の貫禄を出しているのに!
俺は慌てて鼻に手をやってしまった。
それを見た楓が笑いをこらえている。
「小夜子ちゃんから、仲の良い親戚のおじ様だと聞いていたんですけど、本当ですね」
――正確には
俺は一つ咳払いをして会話を続けた。
「んっ……んん。お話は助手の古城君から伺っています。ちなみにストーカーについて、警察はなんと言っていましたか?」
まだ小夜子がいわゆるジト目で俺を見ている。少し気取った声になっていたか?
灰色のパーカーを着た男とすれ違うように、ウエイトレスがやって来て楓の前にホットコーヒーが置かれる。
それには手を付けず、楓は小声で話を始めた。
――少し声のトーンも落ち気味だ……。
「引っ越し前に最寄りだった、
目の前のコーヒーカップを見つめる楓の目は心許なげだった。
俺の頭には松濤警察署の生活安全課にいる
――あのカバ野郎、また仕事山積みにしてやがるな。
樺山は俺の高校時代の後輩で、いつも大量の案件を抱えて忙しそうにしていた。
「そうですか。お話を聞いた限りでは、そのストーカーが関与していると考えて間違いないと思います。もし宜しければ、しばらくの間は私が離れた所から不審者が近づかないか見守って差し上げます」
楓の表情が目に見えて明るくなる。
「本当ですか! ありがとうございます。でも、依頼料ってどのぐらい掛かりますか? あまり高いと支払いが厳しいんですけど……」
少し甘えるような顔で楓が俺の顔を覗き込む。
――こういう表情には弱い!
俺は伸びかけた鼻の下を必死に戻す。
「あぁ、それなら
エッ、と不思議そうな顔で楓は俺達の事を見た。
「あっ! 誤解しないでね楓! 別にそんな関係じゃないから!」
小夜子が顔を真っ赤にしながら、俺との関係を否定する。
――そうだ。俺達は傍目に見たらパパ活のカップルにしか見えないかも知れないが、決してやましい関係ではない!! これは断固として言える。
「黙っていないで、所長もなんとか言ってください!!」
小夜子のエルボーが俺の脇腹に見事に入った。痛みを堪えてテーブルに突っ伏す俺の上から、楓の笑い声が響く。
俺が顔を上げると楓は目に涙を浮かべながら、笑い声を押し殺している。
周囲の客もチラチラと俺達のテーブルに目を向ける。
――いかん、そろそろウエイトレスが注意しに来る頃だ。この場を静めなければ。
「まっ、まぁ。楓さんの笑顔が見られて良かったよ。店に入ってきた時は、青白い顔をしていたからね。君が安心して眠れるように頑張るよ」
まだ怒っている小夜子のためにレアチーズケーキを頼み、三人でしばらく歓談した後、俺達は喫茶店を後にした。
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