第4話
「それで所長、どこから調べるんですか? まさか、ずっと楓のことを尾行するんですか? それだと所長がストーカーになっちゃいますよ」
喫茶店を出て楓と別れた俺たちは、表参道近くの裏道を歩いていた。
久々の探偵らしい仕事に小夜子は声を弾ませている。
「もう、犯人の目星は付いているよ。さっきの喫茶店で俺たちのテーブルの脇を通った青葉大の男子生徒が居ただろう。恐らく彼が犯人だ」
「えっ? そんな人いましたか?」
「いたさ。楓君が入店したすぐ後、こちらのテーブルを確認しながら入店してきた灰色のパーカーを着た痩せ型の男だ。様子を見るためにだろうが、わざわざトイレに行くために遠回りをして、俺達のテーブル脇を通っていった」
「私達と会話しながらそんなに観察していたんですか?」
「それだけじゃないさ。彼が座っていた場所は、こちらのテーブルがギリギリ見える奥から二番めの席。彼がカバンにつけていたアクセサリーも、去年の青葉大の学祭で実行委員会が作成したストラップだった。あんな物を付けているのは青葉大の学生以外いないだろう……」
俺の特技には記憶の栞と呼ぶ完全記憶能力と空間認識能力があった。
初めて入った店でもテーブルの位置や台数、人の数や人相や風体も覚える事ができる。幼い頃はこの力のせいで嫌な思いをすることも多かったが、件の祖母に預けられてからは力のコントロールを教え込まれ、今では必要なときだけ辞書を引くように記憶を呼び出す事ができるようになった。
――まぁ、その過程でインチキ占いに加担する羽目にもなったが……。
「ストラップって去年私達が学祭で作ったアレですか? それじゃ実行委員会の中にストーカーがいるってこと? 確かに私と楓も実行委員会のメンバーだったけど……」
「実行委員会と言っても全ての学部合わせれば百人近くいるだろう。知らない顔がいても不思議じゃないさ。意外とすぐ後ろにいたりしてな」
小夜子が慌てて後ろを振り返る。
「いや、やめてくださいよ! 怖いじゃないですか。でも、相変わらず所長は記憶力お化けですね……」
「まぁ、少し様子を見ていればすぐに捕まえられると思うよ」
そして、楓を悩ませていたストーカー男は次の日の夜に逮捕された。
俺が楓の後をつける例の男に声をかけたら、ナイフを出して急に襲ってきやがった。正当防衛で取り押さえたらアッサリと自白した。まぁ、途中で何発かは殴ってやったが。
その後、松濤警察署の樺山から来たメールによると、やはり楓や小夜子と同じ大学に通う学生だったらしい。
動機に関しては、楓を襲えという声がしたと供述しているらしいが、薬物反応があったというから、粗悪品のドラッグ中毒か一方的な怨恨の線で捜査が進められるだろうとの話だった。
俺は信号待ちをしている間にスマホのメールを読み返していた。
――大学生でドラッグ中毒か。嫌な世の中だな……。
俺はスマホの画面を消すと、赤信号を眺めながら後ろにいる小夜子に話しかけた。
「そう言えば第六感って話はどうなったんだ?」
「あれから何も無いらしいよ。でもね、楓の実家は巫女さんの家系らしくて……」
(危ない。止まって)
耳元で小夜子が話し声とは別の女性の声が聞こえた。
俺がビクッとして後ろを振り返ると、小夜子が驚いて目を丸くする。
「どうしたの、急に振り返って?」
信号待ちをしているのは俺と小夜子の二人しかいなかった。
「い、いやなんでも無い」
俺は前を向き、歩行者用信号が青に変わっているのを確認すると、横断歩道を渡ろうとした。
その瞬間、トレンチコートの襟を引かれて後ろに引き倒された。
俺の目の前を猛スピードの自家用車が通り過ぎて行く。
信号無視の暴走車だ。
「所長! 大丈夫ですか!」
小夜子が尻餅をつく俺に駆け寄ってきた。
「小夜子ありがとう。引っ張ってくれなかったら轢かれていたよ」
キョトンとした顔をする小夜子。
「え? 所長が自分で車を避けたんですよ。すごい反射神経でビックリしました」
――いや、間違いなくコートの襟を誰かに引っ張られた……。
俺は首筋をさすりながら、ふと楓の話を思い出す。たしか誰かの声で立ち止まったら九死に一生を得たって。
一瞬、背筋に冷たいものが走る。
――いや、幽霊なんか絶対にいない! 俺が無意識に車を避けただけだ!
俺は心の中で否定すると、雑念を振り払うように大股で横断歩道を渡りだした。
「あっ、所長待ってくださいよ!」
小夜子が慌てて追い掛けてくる。
(あの娘を助けてくれたお礼ですよ)
何処からか女の声が聞こえた気がする。
俺は首を振ると、トレンチコートの襟を正しながら事務所への帰り道を急いだ。
~完~
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