第十六話

 魔王。

 魔王といったのかこいつは。

 このロリ狐が魔王だと?


「ふーん」


「……我こそが魔王じゃ!」


「いや、二回も言わなくても聞こえてるけど」


「…………」


 あぁ、何と言う事だ。

 今までフリフリピクピクしていた尻尾と耳が、途端に元気なく止まってしまった。おまけに耳に至っては、なんだか露骨に萎れてしまっている。


「我は魔王じゃぞ? なんかもっと反応はないのか!」


「反応って言われてもさ、俺の世界じゃ異世界で魔王が普通にエンカウントするのは珍しいことじゃないし、今更魔王って言われても特に驚くような事じゃないだろ」


「なっ!? おぬしの世界は魔王が普通に道端を歩いているとでも言うのか!?」


 あ、なんだか勘違いさせてしまった。

 俺は漫画やアニメの話をしていたのだが、まぁ訂正するのも面倒くさいし、このまま会話を続けてもそれはそれで面白いだろう。

 そう思って、俺は未だわなわなと震えているマオに言葉を続ける。


「それでマオ、その魔王様がどうしてミーニャの家に居るんだ? ミーニャの師匠だからここに居てもおかしくないって言うのは分かったが、何で俺と二人きりでこうして――」


「む、そうじゃ! まずはその事に対してのお礼を言うのじゃ!」


 お礼?

 何かこいつにお礼を言わなければならない事をされただろうか――全く覚えがない。


「えぇい、なんじゃその顔は! 我がおぬしに抗魔法をかけなければ、今頃おぬしの体は爆発四散しておったのじゃぞ!」


「ふーん……って、は!?」


 爆発四散ってどういう事だ。

 いや……そうだ、そう言えば心当たりがあるではないか。それは昨日、ミーニャが作ったあの人面マンドラゴラだ。リゼットが凄い毒性を持っていると言っていたが、まさかその毒の効果が爆発することなのだろうか。


「ようやく理解したようじゃな。食べさせたものを恋の奴隷にするという毒を持つ厄介なマンドラゴラを調理して、偶然とはいえ全く異なる効力――人体を爆発四散させるものに変えたミーニャの技量は素晴らしいが、おかげで解毒にすっごい苦労したのじゃ!」


「…………」


 ミーニャよ。

 お前は俺を殺したいのか。


「まぁ何にせよ助かったよ、ありがとう」


「お礼を言うのが遅いのじゃ!」


 これだから人間はどうのこうのと文句を言うマオ、とても可愛い。

 とても大切だから、もう一度だけ言う――とても可愛い。


「そういえば、先ほどミーニャから聞いたのじゃが、仕事を探しているというのは本当か? もしもおぬしが働きたいと言うのなら、我のところで雇ってやらんこともないのじゃ……もっとも、どうしても誰かを雇いたいわけじゃない故、あくまでおぬしが働きたければという事になるのじゃ」


「のじゃ」


「……おぬしは相変わらず、我をバカにしているのじゃ」


 っと、あまりにもマオがかわいすぎて、ついつい俺も「のじゃ」と言ってしまった。


 それはともかく、マオの提案は今の俺にとってはとても嬉しい――問題は、こいつはこう見えても魔王らしいため、その下で働くとなれば相応の危険を覚悟しなければならないという事だが……まぁ大丈夫だろう。


 俺にはたいていのハプニングならば、自力でなんとかする自信がある。

 ミーニャが俺にマンドラゴラを食わせた様な、イレギュラーのものはその対象外だが。


「我は不愉快だから帰るのじゃ!」


「待てって!」


「のじゃ!? 尻尾を掴むでないわ!」


 俺は立ちあがって部屋から出ていこうとするマオの尻尾を、布団から出ると同時に掴む。そして、決してチャンスを逃さないとばかりに尻尾を掴んだまま、


「頼むマオ、俺をお前のところで働かせてくれ!」


「わ、わかったから尻尾を離すのじゃ!」


 この日。

 俺の就職先が決まった。

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