第十二話

「お兄様、それは何をしているのですか?」


「コップにジュースをついでいるんだよ」


 昨夜、夕食を共にしたリゼットはその性格からすぐにミーニャと意気投合し、まさかの事態が発生した。


 それは住み込みである。


 もちろん提案したのはミーニャであり、リゼットもさすがにそれはと断っていたのだが、凄まじい熱意で押しまくるミーニャの勢いに押され、最終的に彼女は折れてしまった。


 住み込みでバイトというのはそう珍しくないし、この家にはまだ部屋も余っているようなので、俺はミーニャがいいなら別にいいのではないかと了承した。

 結果として今日からリゼットはうちに住む事になり、今現在ミーニャは歓迎パーティー用の食材を買いに出かけてしまっているという訳だ。


 今の時刻は昼ちょっと過ぎ。

 昼前には帰ってきて、夜ご飯のしたくをすると言っていたのに、いっこうに帰ってくる様子がない。


 朝から出かけやがって、俺に勉強を教えるのはどうしたのだ。

 まぁ完全に忘れているのだろうが。


「お兄様、それは何をしているのですか?」


「お煎餅のようなものを口に運んでいるんだよ」


 あとあれだ、頼むから早く帰ってきてくれ。


 さっきから俺は炬燵でヌクヌクしながら時間を潰しているのだが、一人でそれをしているわけではない。

 俺の斜め後ろ――まるで控えているかのように正座しながらこちらを一心不乱に観察している視線の持ち主。


「お兄様、それは何をしているのですか?」


「これ? これはな……」


 俺の日常生活からも技なるものを盗むつもりなのか、俺が何かをする度に質問してくるリゼット――もう勘弁してほしい、朝からずっとこれを繰り返しているのだから。


「お兄様、どうしたのですか?」


 俺がなかなか質問に答えない事に何かを感じたのか、リゼットは心配そうな様子で俺に話しかけてくる。


 っていうか、どうもこうもない。

 いちいち俺の行動に対して質問してくるのはまだいい、二三事言えばそれで解決するのだから大した問題ではないし、さすがに俺はそれも許さないほど器が小さい人間ではない。

 俺が気になっているのはただ一つ、


「リゼットよ、なんでその呼び方なんだよ……昨日から気になってたんだけど」


 それは呼び方だ。

 リゼットが俺を呼ぶときの呼び方――お兄様。


「ミーニャが俺の事をお兄ちゃんって呼ぶのは理解できる。だけどどうしてお前も俺の事を『お兄様』って呼ぶんだ?」


「いやでしたか?」


 いや、別に嫌ってわけではないが。

 ただ単にリゼットから『お兄様』と呼ばれる理由が思いつかないだけだ。

 それに何だかむずがゆい。


「だってお前さ、俺の妹でも何でもないよね!?」


 言うと、リゼットは手をポンっと打って俺の横に回ってくる。

 そして俺の眼をしっかりと見つめながら、


「ミーニャ様のお兄様ですから、私がお兄様の事をお兄様と呼ぶことは当然のことです」


「み、ミーニャ様って……」


 なんだ、リゼットは俺の妹に洗脳でもされたのか?


「お兄ちゃん、ただいま~~~~~~~~っ!」


 俺が呆れていると聞こえてくるミーニャの声、ようやく妹様が帰宅したようだ。

 なんだかバカバカしいから、もうお兄様で諦めよう――呼び方なんて別にどうでもいいし、考えてみればいちいち言う事でもない。


 だけどふと思う。

 どうして俺の近くにいる奴は一言の間に『お兄ちゃん』を何度も言ったり、『お兄様』を何度も言ったりするのだろう。


「そういう奴を引き寄せる体質なのかな、俺……」

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