第十話

「なるほどな」

 

彼女の話をまとめるとこういう事らしい。


 ――あの試験会場には当然だがかなり腕の立つ奴らが集まっており、ここに居るリゼットもその中の一人。

 ここよりも遥か西方にある小さな村で生まれ育った彼女は、地元で最強と言われるほどの剣の実力を持っていたため、二年前の誕生日を機に自分の腕を試すために世界を回る旅に出たらしい。

 ようするに武者修行のようなものだろう。


 しかし、そこで事件が起きる。


 どうやら彼女がこの町の食堂で食事をした際、財布がない事に気が付いたらしいのだ――彼女いわくどこかで落としたか、最悪盗まれたかもということらしい。


 とにかくそんな理由から食堂のお金を払えなくなったリゼットは、必ず返すという約束のもとに店を出てきたらしい。だがしかし、当然返す当てなどないリゼットは、俺と同じくぐうぜん城の警備の求人を見て足を止めたのだそうだ。


 自分の剣技に絶対の自信を持っていたリゼットは、試験を軽く通過して警備兵としてある程度まとまったお金を稼ぎ、食堂の店主へとお金をしっかり返して旅を続ける予定だったという。


 しかししかししかし、またしてもリゼットにとっての大事件が起きる。


 今まで負けたことどころか、苦戦らしい苦戦をしたことのないリゼットだったのだが……俺との試合を開始して僅か十数秒で負けた。

 完膚無きまでに負けた。


「だから俺に師事したいと?」


「はい! あなたと戦った事で、自分の未熟さがとても良くわかりました。これからはあなたの下で教えを乞いたいと思います」


「うーん……」


 って言われてもな。

 俺は人に教えたりしたことがないから、何かを伝えられる自信がない。


 そもそも俺を相手に十秒以上もっただけでも十分だと思う――そういえば試験会場で、一人だけ強い奴が居たが、あれがおそらくリゼットだったのだろう。あれくらいの実力があれば誰にも師事しなくても、世界の頂点を余裕で狙えるとは思う。


 まぁ俺の目算はあくまで元の世界でのだが、戦った感じこの世界でもその目算は通用しそうだ。したがって、彼女がこれ以上強くなる理由を全く見いだせない。


「いかがでしょうか?」


 そんな目で見られてもな……。

 現在、職を探すという大切な案件があるため、正直俺は自分の事で精一杯だ――それ以前に、俺はまだこの世界の言語を五割ほどしか覚えていない。

 そこにさらにリゼットの頼みを受け入れ、彼女を弟子にしようものなら、確実にオーバーワークにとなって色々とダメになってしまう気がする。


 出来る事と出来ない事の区別を、しっかりとつける事はとても大事なことだと思う。


「わざわざ来てもらって非常に申し訳ないんだが」


 この話は丁寧にお断りしよう。

 悲痛そうな顔をしているリゼットに最後まで言葉を続けようとすると、


「話は聞いたよ、お兄ちゃん!」


 いったいいつからそこに居たのか。

 いったいいつから話を聞いていたのか。


 どこからともなくと言っていいほどに、突如として俺の真横にミーニャが出現した――おそらく本当に魔法なりなんなりを使って、突如として出現した可能性はあるが、その辺はもうよくわからない。


 俺とリゼットの間にずいずいと割り込んで来るミーニャを見ながら、いつか魔法の事にも詳しくならないとな。という感想を抱いていると、俺を差し置いて彼女はリゼットと会話を開始する。


 そういえばさっき、「話は聞いたよ」とか言っていたし、何かリゼットを納得させつつ円満に追い返す案でもあるのだろうか――何故かものすごく嫌な予感もするが、今は勘違いだと思いたい。


 俺が内心不安に駆られながらも、ここはミーニャの顔を立てるために場を譲ると、彼女は胸を叩いて「任せなさい!」とでも言いたげに話し出す。


「リゼットさんはお金がなくて、どこかで働きたいんだよね?」


「は、はい……どなたかは知りませんが、その通りです」


「それでお兄ちゃんに師事したくもあるんだよね?」


 だったら簡単だよ。

 ミーニャはリゼットの手を取ってぶんぶん振り回して言う。

 彼女なりに考えたであろう完璧な解決案を。


「うちでバイトとして働けばいいんだよ!」

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