第九話
「お待たせしました」
ひょっとしたら客かもしれない、そんな気持ちでやや丁寧な口調で扉を開けた先に待っていたのは、風に靡く長い金色の髪に、どこまでも透き通った青い水晶の様な瞳を持つ女の子――背丈や雰囲気から判断するに、年齢は俺と同じくらいだろう。
だが着て居る服が圧倒的にアレだ。
例えるならばどこの騎士様ですか? っていうほど露骨に騎士っぽい服装をしている。というかこれ、なんだかどこかで見たことある気がする。そう、確かつい最近どこかで……
「申し訳ありません」
聞こえる流水のように美しい声。
その声によって、俺はしばし彼女に見惚れてしまっていた事に気が付く――それは決して彼女が可愛くてとかではなく、ただ純粋に人間として完成された美しさにだ。
だが、いずれにしろ何も言わずに無遠慮に見回してしまった事に変わりはない。
次に飛んで来るのは叱責の言葉だろうか。
俺はそう考えて居たが、彼女は全く気にする事なく続ける。
「休業しているところに失礼かとは思ったのですが、どうしてもあなたにお会いしたくて――僅かな情報からあなたの住んでいる場所を探しあてるまで、それなりの時間がかかったため、自分を制することが出来ませんでした」
「ん、えっと……用があるのはミーニャじゃなくて?」
思わず俺は頭の中にクエッションマークを浮かべる。
この店の店主はミーニャだ――さらにこの世界に知り合いらしい知り合いが、まだ居ない俺を人が訪ねてくるわけがない。
なのに彼女の話方では、どう考えても俺を探していたみたいなニュアンスにしか聞こえない。
まずい、どこかであったか? 会ったことある知り合いを一方的忘れたら、さすがに失礼だよな。
「…………」
本当にまずい、まるで思いだせない……俺は必至に脳を回転させるが、俺の脳みそが記憶をほじくり返す前に、彼女が俺の表情から『自分を覚えられていない』と察してしまったのか、即座に言う。
「申し遅れました。私の名前はリゼットと言います」
「リゼット……」
やはり記憶にない。
そもそもこの世界で自己紹介をされたのは、たったの三回だけだ――一度目はミーニャの時、二回目はロリ狐ことマオ。そして最後はワニ男の……なんだっけか、履歴書事件で凄くイラっとしたから、思わず記憶から抹消してしまって思いだせない。
ワニ男はどうでもいいにしても、一つだけ確かなことはやはりリゼットなんて知り合いは居ない。
すると彼女は俺の混乱を見越していたかのように続ける。
「あなたと立ち会った時間は一瞬のため、覚えてはいないと思いますが。私もあの時あの場所に居たのです」
ふむ。
見覚えのある服装。
立ち会った。
あの時。
あの場所。
このワードから推測されるのは一つしかない。
むしろ最近外出していない以上、彼女と出会ったとするならあそこしかない。
「あのワニ男の試験会場か?」
俺が言うと、リゼットはキラキラと瞳を輝かせ、こちらへと一歩踏み込んでくる。
「覚えて居てくださったのですか? その通りです、私もあの場所に居ました」
一方の俺は鼻先がくっつきそうなほど迫られ、思わず後ずさる。
「あ、いや……勘違いさせて悪い――覚えて居たわけじゃないんだが、あったとしたらなそこしかないかな、とね」
「……そうですか」
「…………」
ぐ、なんだこの罪悪感は。
特に悪い事はしていないはずなのに、そんな捨てられた子犬みたいな顔をされると何だか、胸の奥で急速に黒くて重いダークマターが作成されて行く。
このままではいけない。
放置してお通夜みたいなムードが漂いだす前に、何とかして会話を繋げなければならない――雰囲気を壊すのが会話ならば、同時に作るのもまた会話なのだから。
「それで? ミーニャじゃなくて俺に用があるっていうなら、その用ってなんだ?」
「は、はい!」
さっきから思っていたのだが、俺が喋るたびにそんな背筋をピンっと伸ばさなくてもいいと思う。俺の事を何故か尊敬してくれているのは、ひしひしと伝わってくるのだが、こんな態度を取られていると、なんだかこちらも緊張してしまう。
まぁ今ここでそれを言って、せっかくでき始めている話の流れをぶった切るのも無粋だろうし、俺は黙って彼女の話に耳を傾ける。
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