第六話
ミーニャにこの世界の言葉を教えてくれと頼んでから三日後、今日は待ちに待った初レッスンの日だ――なおレッスンが今日まで伸びた理由は、みっちり教えるまとまった時間を経営者であるミーニャが取れなかった為である。
しかし、そんな問題も解決した。なんせミーニャはわざわざ俺のために、今日からしばらく店を休みにしてくれたのだから。
臨時休業というものが、経営上あまり良くない事であるという事は、ミーニャだってわかっているはずだ。それなのに俺のためにわざわざそれをしてくれる心意気、これはどうあっても全力で言語をマスターしにかかるしかない。
それこそが、ミーニャに対する恩返しとなるだろう。
と、思っていたのに。
「『お兄ちゃん、誕生日おめでとう。プレゼントはね……わたし、ええへ』」
俺は何をやっているのだ。
「『美味しく食べてね、お兄ちゃん』」
これはいったい……。
「『あ、んぅ――恥ずかしいよぉ』」
いったいなんだ。
何が起きているんだ。
「いったい何で……何でこんなことに」
思わず俺が呟くと、胡坐をかいて座る俺の足の上に収まるよう座り、一緒に読書をしていたミーニャがこちらを振り返って言う。
「どうしたの? どこ読んでるかわからなくなった?」
「いや、わかるよ。お前がわざわざ読んでいるところを、指で追っていてくれるからとてもわかりやすい」
これは確かに言語の勉強になる。
ミーニャが本の文章を呼び差しながら音読してくれて、俺がそれを耳で聞いて目で覚える。これほど理にかなった勉強はないだろう……だがしかし、一つだけわからないことがある。
「この本なに?」
「これ? これはね、ミーニャのバイブルだよ!」
バイブル?
俺が疑問浮かべている間に、彼女大切そうに本を抱きしめながら話し出す。
「この本はね、生き別れになった愛し合う兄妹が、ある日偶然学校で再開して再び恋になる落ちる話なんだ。それでね、周りからは色々な反発があるんだけどそれを頑張って押し退けて、二人でゴールインするところから話が始まるんだよ!」
「そりゃまた凄いところから話が始まる……というか、そんなもの音読するなよ!」
「そんなのじゃないもん!」
ないもん!
じゃない……こいつはいったいどういう神経をしているのだろう。
いや待て、そんな事よりも重大な事に気が付いてしまった――まさかこいつはこの本に憧れて俺を召喚したのだろうか。
だとしたら、こいつは俺にいったい何を求めているのだ。まさかこうして俺の足の上に座っているのも――
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。ミーニャは現実と虚構の区別くらいついてるから! だから安心して甘えさせていいよ」
「…………」
あまり安心は出来ないが、全くできないという訳ではないらしい。
この出来たばかりの妹が何を考えて居るのかは、未だによくわかっていないが、少なくとも俺に対して危ない目的を抱いていない……と、今のところはそう信じておくしかない。
「はぁ、まぁ何でもいいけどさ……次からはもう少しまともなチョイスにしてくれよ?」
これから毎日こんな本をテキストに勉強させられたのでは、頭がどうにかしてしまう。
俺は「任されたよ!」と笑顔を浮かべるミーニャの頭を撫でながら、そんな事を思うのだった。
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