episode.3 Dove & Crown

 そして2月1日。無期限活動休止中のサンミリオン・フィーユの公式サイトに、メンバー4人とのグアムでのトータルマリッジの参加案内が流れる。

 インターネット記事は御祝儀相場になり、そう言えばからサンミリオン・フィーユのレトロが発掘され、動画再生サイトの注目にも上がる大きな宣伝にもなった。

 しかし最低参加費用が250万円の高額は、絶対参加したいファンが、日本国のマイ・シリアルのマリッジアプリを使えど、噂の高額納税者優遇以外、かなり渋い成り行きらしい。それもあって、参加カップルはまだ9組しかいない。


 その9組の中には、壁男子の明石内匠・富永羊山・川端界磁が入っており、俺がどうしてか遅れを取っている。

 オンラインのやり取りで、明石さんのマッチングアプリBETABOREを使っているの何故でしょうねは、決まって愛が不足と返される。

 改めて愛と言われても、大昔の様に男女の付き合いからではなく、異性間の友達からのスタートなので永遠の平行線で、俺は女子の本質を何も知らない。そして輝ける青年期に、世界的流行病で一定距離間を指定されては、まず人類とは何ぞやの哲学に打ち戻る。

 とは言え、トータルマリッジの締め切りは4月30日なので、うっかり順序がしち面倒臭い女性に当たったら持久戦。グアムが手遅れとなり、俺が結婚する理由がまるでなくなる。

 俺は更に奮戦すべく、ここ10年間のトレンド誌大方を読み漁り、BETABOREのキーワード登録を丁寧に行うも、噂のレディ表示が来ず、どうも芳しく無い。



 そんな3週間後の土曜の昼、俺は壁男子に成城の自宅を急襲される。

 既に何度か自宅で会食しており、三十里はぼんやりですから、大いに任せて下さいと、二つ返事の懇意に至る。

 行くぞ。いやまだ着替えて無いですから。どうせフィッティングだから問題ないと、俺は体良く明石さんの国産高級車に放り込まれる。

 俺達が着いた先は、川端界磁さんの詰める、代官山のDove & Crown本社一階の旗艦店だった。


「洋服選び、まさか、お見合いセッティングですか」

「俺が、そんな昭和な事をするか。いいか日吉さん、ここ最近のあなたのBETABOREの挙動を見ていたら、凄い上玉がヒットしそうだ。ただ見送りNGワードの、交通事故、歳差、鹿児島の3つを踏んでしまった為、俺はプログラムを緊急緩和して、NGワードを5つに増やした。ただそれでも危うい。そこで必ず惹かれる重要ワードの、丸刈り、赤シャツ、黒スーツの3つを投入する。今日はそれをプロフィールに載せるためのスタイリングだ」


 いやも、川端さんはランウェイの舞台裏の手際さで、俺の衣服を剥ぎ取り、吊るしの服を次々着せる。赤シャツは襟高非対称。黒スーツは、シングルジャケットに、男子にしては大きすぎるダブルタックのワイドパンツ。俺が183cmだから、うっかり女性のシルエットにもならず、図らずも凛としている。川端さんは、3候補を徹夜で仕上げたが、実にいいねと悦に入る。

 そこに、それではと椅子が用意され座らされる。そしてDove & Crownにスタッフ達に囲まれ、散髪ケープも何故か被せられる。まさか。


「当然だろ。アイテムは全部を揃えての、相手への礼儀だ。長さは五分するが、ツーブロックに、金髪で良いね」

「明石さん勘弁して下さいよ。いや、この雰囲気逃れられないし。普通で良いです。余りに決めると、コワモテの弁護士では、即刻噂になって仕事が回って来ませんし」

「実に結構。智勇兼備、それが俺達壁男子の本懐だ」


 バリカンの音が、何処か懐かしい。一時期バスケットボール部にいたので、青春の1ページをただ捲る。ただそこに、俺がモテた印は何も無かった。

 散髪が終わり、改めて、姿見を見る。いや、これはこれでランウェイのボウィファッションで、俺も様になるかと、自身に関心した。そして、店内のSNS向けフィッティングステージで、100フォトショット、3ショートムービーを撮られて、その場でBETABOREにアップさせられた。


 その後は、Dove & Crown代名詞である中性らしさが、俺の身長も相まって新たな男子像として、各スタッフにこれも着てとせがまれては、いつの間にか撮影もされる。池端さんは、この協賛で先々のデート着支給されるから頑張れと。

 そうこうの2時間経って、ブラジル産のビターコーヒーで休憩の時に、スマートフォンの通知が来た。それは待ち焦がれた、アプリBETABOREのレディ通知だった。


 相手は、曽我部悦乃、28歳と、俺の3歳上。新橋の精密機器商社総合職に勤める。そのう。プロフィール画像を見ると、引っ詰めに細フレーム眼鏡と、30代半ばかの野暮ったさが見える。

 ただその野暮ったさは、全身動画が見ると着太りしてるとかではなく、振る舞いは軽やかだった。拭えない違和感だ。

 明石さんは来たと絶叫。池端さんはあの悦ちゃんかと頬が緩む。富永さんは冷静に、あの悦ちゃん知らないかとお手上げの素ぶり。明石さんが、ただ捲し立てる。


「まさか日吉さん、悦ちゃん、知らないか。芸名美畑悦乃でオーディション荒らしのあの娘だよ。その初っ端映画会社のオーディションで特別賞止まりとはね、ああ見る目ないよな。その後グラビアに転身して、21歳で引退か。まあ総合漫画雑誌のグラビア止まりだから、声も残ってないし、そういう印象かもな」


 そもそも、今時の総合漫画雑誌の価格ならば、大手サンドウィッチショップのセットメニューに有り付くので、読んだ事は無い。いや教室の片隅で誰か見てなかったかは、敬虔なクリスチャンのエスカレーター校だったので、減点に対象になるような事はしないだろう。


 その間にも、Dove & Crownの各スタッフに、無断で俺のスマートフォンが回覧される。悦ちゃんお懐かしや。スキンケアは今もね。全くスタイル崩れていないの等々。そして回遊しては、俺にスマートフォンが戻って来る。画面下には、二段階の成立ボタンが用意されているが、まあ会ってみないと分からないしとで、サクック、サクッと、成立ボタンを押す。そして皆がただ深い海に沈むかの、低い唸り声を上げる。明石さんがこってりと。


「日吉さんさ。いや、会ってもいないのに、二段階成立するなんて。そう悦ちゃんは申し分ないけど、合うかどうか分からないのに。まあ、日吉さんらしいけど」

「えっつ、いや、何がです」

「まさか、BETABOREの規約読んでいないあれか。二段階成立で、もう婚約承認しましただよ。悦ちゃん、積極的はいいけど、いや良い。そうだよ、目出度いのに、俺はアレだよ。まずおめでとう、コングラチュレーション!」


 俺が唖然とする中、そうこれは、お目出度いとばかりに、パチパチから激しい拍手となり、歓迎される。先ずは婚約、その先の結婚とと望んだ事だが、改めて男女として、誰とも付き合っていないので動揺を隠せない。

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