35/思えばすでに
明くる日の昼休み、肇はなんとはなしに渚へ声をかけた。
「優希之さん、ご飯一緒に食べよー」
「ぴッ!?」
彼にとっては本気でさりげないお誘い。
彼女にとっては思わず奇声をあげるぐらい唐突な衝撃。
そしてその他大勢のクラスメートにとっては、聞き逃せない爆弾発言……もとい無視できない面白エピソードだった。
「まーたやってるよ水桶のヤツ」
「優希之嬢の声すごいな、鳥類じゃん鳥類」
「縁日のユキノヒヨコだねっ、ぴよぴよー!」
「
「……海座貴くん笑いすぎとちゃう?」
「おのれ
「どうどう。落ち着け
約一名著しいショックで動けなくなっているがそれは置いておくとして。
「…………っ」
正直な話、渚はここのところ虫の居所が微妙に悪かった。
どうしてかなんて言うまでもない。
学園に入ってから肇との間に起きた変化。
いや、厳密にいうなら彼と彼女を含めた両者を取り巻く環境の変化だ。
中学の時は学区の関係で別々の登校先。
当然ながら一緒になるのは塾やその帰り道だけで、いつもの学校生活に関しては一切交わることもなくなる。
それが当時はちょっと焦れったく感じていたのだが、かといって同じ学校になるとそれはそれで不満な渚だった。
「……優希之さん?」
「…………、」
――通う先が同じ、というコト自体は別に良い。
クラスが一緒なのも、席が隣なのも断じて嫌ではない。
むしろ一向に構わない。
昼休みや授業間の休み時間にこうして話しかけてきてくれるのもありがたい限りだ。
だけれどもそれはそれ、これはこれ。
やっぱり渚としてはこう、なんというか、上手くは言えないが複雑で。
「……私と、水桶くんで……?」
「? うん」
素直に頷く純朴少年。
そこに疚しい思いも他意もない。
そんなコトは一年間ずっと見てきた彼女がよく分かっている。
……そう、一年間。
中学三年の春先から卒業まで。
肇と渚の時間は基本的に他の誰もいない塾の自習室だった。
一対一、ふたりっきり、感じ取れる気配はお互いだけ。
それ以外に声も意識も向けられるコトのない閉じた関係性。
意図的なものではない。
偶発的に起こっただけの代物だ。
彼も彼女も自習室へ足を運んだのは勉強するためで、決して誰かに会いたくて毎日毎日通っていたワケではなかった。
(――いや本当勉強のためだから。それだけだから。うん)
……ともかく。
中学のときは限られたタイミングでしか会えなかったけれど、それでも何にも代えがたい特別感がふたりの間にはあったのだ。
それはいつも顔を合わせている同級生では決して出せない空気。
目的を同じくして、出会いを偶然にして、それぞれが相手を受け入れたからこその雰囲気。
思えばあの時のほうがずっと周囲に幸せは満ち足りていたような気さえする。
過ぎてしまったが故の思い出補正もあるかもしれないが、だとしても、そんな
「……それなら――」
ああ、全くもって面倒くさいけれど。
でも仕方ないだろう。
だって渚は彼との時間を軽いものにしたくない。
その重みは程度の差はあれきちんと貴重なモノに分類しておきたい。
なにより彼女にとって十分だったように、肇にとっても同じでありたい。
――特別な人間なのだと、願う形と異なるとはいえ思っていてもらいたいのだ。
だから同じ学校に通うのは嬉しくて、喜ばしくて、新鮮で――
同時に、不満があって、ちょっと嫌で、納得いかなくて、複雑な気分。
――でもそれはそれとして名指しでお食事のお誘いは超嬉しい。
どうしよう渚めちゃくちゃウルトラハッピー……! という馬鹿みたいな本心を鉄の
「――水桶くん。話があるんだけど」
昨日の放課後を
「潮槻くん? どうしたの」
「……ちょっと大事な相談があって。来てもらっていいかな」
「え、あ、うん」
「……昼食もいちおう持って来て」
「ん、わかった」
がたん、と気持ち勢いよく席を立ち上がる肇。
おおかた大事と言われて緊急事態かなにかと捉えたのだろう。
机に出していた弁当箱を片手に迷いなく馨へついていく。
「ごめん優希之さんっ。急用みたいだから、また今度お願い」
「――――うん、また、ね」
ぎぎぎぎ、と油の切れた
ともすれば発する声さえ酷ければカタコトじみていた。
連行者の言葉によって若干余裕をなくしている肇はそれに気付かない。
大人しく馨の後ろを追って彼はあっさり教室から出ていく。
次いで、誰とはなしに。
示し合わせもせずに、
「ドンマイ、優希之さん……」
「ポジティブに行こう。生きてれば良い事あるって!」
「うちのパパが経営してるホテルのスパ無料券いる? それともフリーパスがいい?」
「優希之。おまえ男に彼氏寝取られたのか……一生の持ちネタにできるぞ」
「海座貴ひでーコト言うな。彼氏でもなければ寝てもねえだろ」
「あんたのほうが酷いこと言ってるよそれ!」
「――――っ、――――……!!」
ざわざわと伝播していく話題に渚がわなわなと震える。
……やっぱり、一緒の学校というのは、めちゃくちゃ不満かもしれない。
◇◆◇
星辰奏学園の本校舎二階には各種特別教室が揃っている。
昨日肇たちが見学した美術室や音楽室、他実験室や視聴覚室なんかもこの階だ。
肇が馨に連れて来られたのは二階の片隅。
美術室の隣にちょこんと構えられた美術準備室だった。
一般の生徒なら普段なんら用もない、中を見るコトさえない部屋だが、馨にとっては違うらしい。
勝手知ったる様子でポケットから鍵を取りだし、扉を解錠する。
「……入って良いの?」
「良いよ。別に」
簡潔に答えながら馨は扉を潜っていく。
……いまさらここで突っ立っていても仕方ない。
彼の言を信じて、肇も失礼しますと部屋へ足を踏み入れた。
「好きなとこに座って。たぶん、誰も来ないから」
「あ、うん」
後ろ手に扉を閉めながら室内を眺める。
準備室というだけあって部屋の中は備品だらけだった。
古いポスターや歴代生徒の作品。
青い背表紙のファイルがズラリと並ぶ書類棚。
端のほうには普段の授業では使わないであろう長尺の物差しや模型人形、篦やスプレーなんかの画材がごっちゃりと置かれている。
腰を落ち着けられるのは中央に置かれた長机と、そこに押し込まれたパイプ椅子だ。
言われたとおり肇は適当な場所の椅子を引いて座る。
馨はちょうどその対面、向き合う形で席につく。
「……それで、大事な相談って?」
弁当の包みを開けながら肇が話を切り出す。
……このとき彼にしては珍しく。
自分自身ですら気付かない程度にだが、機嫌を損ねていたらしい。
表情に一切の変わりはないが、声のトーンがいつもよりわずかに落ちている。
きっとなんだかんだで付き合いが濃く長い渚がいれば、すわこれは一体何事かと真っ先に気付いただろう。
どうして機嫌が悪いのかは、言われたところで彼自身にも分からないところではあるが。
「……昨日の部活について」
「あー……その件についてはごめん。空気悪くしちゃって」
「そうじゃないよ。……あれはあの人の横暴だから」
「…………苦労してるみたいだね、部長」
「……?」
あはは、と笑う肇を馨が胡乱げな目で見詰める。
さっぱり分からない流行りものとかを見るような感じで。
「……とにかく、このままだと君が部活に入れないかもしれない」
「まあ、そう……なのかな?」
「そうでしょ。なんでかは知らないけど、あの人は君をやけに敵視してる。……いちおう訊くけど、水桶くん、なにかしたのかい」
「ううん。ぜんぜん、なにも」
「……だよね」
その答えは彼なりに予想していたのか、肯定するように馨は頷く。
彼の手元には無糖のスポーツドリンクとブロック状の簡易食だけが置かれている。
他のものをまだ用意するような気配はない。
どうやら昼食はそれだけで済ませるみたいだった。
……どちらかというと部活の相談よりそっちの方が気になる肇である。
「こうなったら強引にでも認めさせたほうが良い。君ならそれができるだろう」
「認めさせるって……例えば?」
「実際に水桶くんの絵を描いてみせればいい。そうすればあの人だって分かるはずだ」
「そこまで買ってもらえてるのは嬉しいけど、過大評価じゃない?」
「そんなハズはない。ああ言うのは彼女が知らないだけだ」
「うーん……、」
もぐもぐと弁当を片手に箸を進める肇。
その意識はすでに目前のやり取りからふらっと消えていた。
なんなら「あ、この卵焼きしょっぱめだ。美味しい」なんて昼食に舌鼓までうつ始末。
無論、決して馨のコトを馬鹿にしているワケではなく。
彼自身この会話に大して重要性を感じられなかったからだ。
いや、もっと言うならそれ以上の問題が色々と感じ取れてしまって。
「要らないと思うよ、そういうの」
「……どうして?」
「たぶんだけど、認めさせるとか知ってもらうとか、そういうのじゃないと思う。強いて言うなら、俺と同じ考え方なんだろうね」
「……君とあの人が? どういうコトだい、それ」
「燃料がなにかってこと……かな?」
依然としてもぐもぐと弁当のおかずを咀嚼しながら笑う肇に、馨はいっそう眉間にシワを寄せていく。
まるで理解ができない、言っている意味が分からない、といった風に。
……然もありなん。
ぽけーっとしてぼやーっとしてのんびりゆっくりマイペース。
ちょっと天然入った純朴少年である肇だが、その実態はある種の分野に置いて尖りまくった感覚派の天才肌だ。
五角形の図があれば【芸術:絵画】だけ成層圏まで飛び抜けているようなもの。
なので、その点に関しては間違いなく他者の理解などそうそう得られない。
「部長はちゃんと分かってくれてるよ。その上で帰れって言ったんだと思う」
「……さっぱりだ。それのどこが分かってるって言うの」
「だって俺が自己紹介する前から俺のコト知ってたし」
〝――
ぶっきらぼうに呟かれた言葉の本心をたしかに受け取れた人間はどれほど居たものか。
部員の言葉を借りるなら、彼女は他人に関する興味関心が湯葉……豆乳を煮立てて生じるごくわずかな薄皮……ほどもないという。
ならばどうして入学して間もない、初日の見学にも来ていなかった生徒の名前を知っていたのだろう。
……考えてみれば分かるコト。
なにより肇自身、その一瞬で盗み見た制作途中の作品を前に確信してしまった。
桁違いなぐらい見惚れる表現は、技量の違いこそあれ同じ
「それで俺も気付けたところあるし。大事なのはそこなんだろうね」
「…………水桶くんの言いたいこと、イマイチ頭に入ってこないんだけど」
「部長は俺が嫌いだから怒ったんじゃなくて、俺が引っ張られて顔出したから怒ったんだってこと」
「そんなの……、……出鱈目だ。知っているとしたら尚更……」
言って、馨がつまらなそうに昼食へ手を付ける。
もそもそと。
これまた実に味気ないとでも言いたげな顔で。
最低限の味はついていても食感といい口当たりといい変わらぬ簡易食。
無言でブロック状のモノをぼりぼりと囓る様子は、肇からしてちょっと見ていられないものがあった。
なんというか、不味そうで。
「俺の勝手な想像で確かめてはないんだけど。……なんでだろうね、こう、目があった時にピンと来たっていうか。言いたいことが分かったというか」
「……超能力者でもあるまいし、ありえないよそんなの」
「いやいや本当に。でも怒られたのはちょっと落ち込んだ。今度は普通に話してみたいな。部長、きっと可愛い人だ」
「…………かわ、いい……?」
「うん。だってあんな作品は可愛くないと描けないと思うよ?」
――本人の名誉のために言っておくと。
そのとき
当然ながら普通に見て〝可愛い〟と感じ取れる部分は一切ない。
むしろ玄妙な色使いは見るものを魅了する輝きに満ちている。
肇だって一目見た瞬間に「ちょっとこの人の絵は天地がひっくり返っても敵わないな」と判断してしまったぐらいだ。
いや前世の認識的に彼が上手い下手を評価するのはちゃんちゃらおかしいのだが。
「それと、なんていうか……ちょっと嫌な言い方しちゃうけど」
「……? なにがだい」
「俺は潮槻くんの筆じゃないよ。あくまで」
「――――――……そんなの、分かってるさ……」
ぎゅっと膝の上に置いた拳を握りながら馨が応える。
いまの肇の言葉に少なからず刺さる部分があったらしい。
どころか、それは見透かされているのではとでも言うぐらいストレートな忠告で。
「――それより潮槻くん。お昼はそれだけ?」
「…………いちおう、そうだけど」
「えー、もったいない。……しょうがないからおかずをわけてあげよう」
「え……いや、いいよそんな……」
「遠慮せず。あ、唐揚げ好き? 冷食だけど。ほら口開けてー」
「……嫌いじゃないけど。君、その距離感の詰め方はどうなの……」
「男同士一度語り合ったら色々と打ち解けるものだよ」
「…………天才となにかは紙一重って本当なんだ……」
そのなにかとはなんなのかあえて言わず、馨はそっとため息をついた。
仕方なく手をお皿のようにしながら差し出して、肇もその手に箸でつまんだ唐揚げを置く。
お弁当のおかず、それも冷凍食品だからか熱くはない。
味のほどは正直言ってまあまあ。
簡易食を囓ったあとならちょっと美味しいか、というぐらいだった。
「…………、ああ、そういえば……」
「ん? どうしたの」
「……優希之渚……あの子と親しいの?」
「うん、ちょっと……いや違うかな、結構ね」
「そう。……彼女、気を付けた方が良いよ」
「?」
そうしてぼそりと、馨は悪いものを吐き出すみたいに。
「嫌な目をしてる。ああいうのは、分かるんだ」
「…………?」
今度は打って変わって、肇に理解できない曖昧なコトを言うのだった。
◇◆◇
はじまりは些細な流れだった。
〝優希之さん、一緒に帰ろー〟
〝ぴぇっ!?〟
事の発端はその日の放課後。
昨日の部活動の件もあって見学をせず帰るコトにした肇に声をかけられて、渚は一日ぶりに彼と一緒に下校するコトとなった。
クラスでは「ピヨノちゃん」とか「ひよのなぎさ」とか「鳥類憐れみの令」とか「優希之鳥」とかふざけた渾名がまことしやかに囁かれたがそれはともかく。
とくに部活に所属するとも決めていなかった渚はその申し出を快く受けた。
詰まりに詰まって焦りに焦って吃りに吃りはしたが、それでもなんとか頷いた。
なお、そのときにクラスの美術部陣営が嘆いていたがそこは
選ばれたのは
(――そこまでは、良い)
まったく問題ない。
なんなら渚としても満更でもない。
一緒の通学路で帰るというのは同じ学校に通う人間の特権だ。
無理に押しかけるのもアレかと遠慮して、中学のときには数回程度しか出来なかったコトである。
それも彼女が行っていたのだから、彼からの申し出である今回の誘いは渡りに船。
いつも通りふたり横並びで、学園から家までの距離を歩くのは紛れもない役得だろう。
(――そこまでも、ぜんぜん良い)
雲行きが怪しくなったのは町中に近付いたあたりで。
ちょうど小腹も空いたしどこかで休憩しようか、と肇が切り出してからだ。
正直彼と居る時間が長引くならありかなー……なんて軽い気持ちで思った渚はこれを承諾。
あれよあれよという間に店舗が並ぶ大通りまでたどり着き、気付けば彼とふたりで喫茶店にお邪魔していた。
放課後、帰り際、好きな人とふたりっきりで、制服のまま、喫茶店。
聡明な方々ならお気づきであろう。
渚の思考はすでにその結果へ手を伸ばしつつある。
――これ、もしや放課後デートというヤツなのでは……!?
まあ、本人たちの認識はどうあれ実際見ての通りなのだが。
「春限定、四種のベリー乗せチーズケーキだって、優希之さん」
「…………ソ、ソウダネ」
「? どうしたの急に。カタコトになって」
「い、いや……冷静に状況を把握しすぎて……これは……っ」
「……?」
どっどっどっどっ、と急にリズムを上げはじめた渚の心臓には気付かず、肇はこてんと首を傾げつつもメニューを眺める。
肇と渚が座ったのは店内でも最奥に位置する座席だ。
時間帯的に好いているときだったのか、あたりに喧噪は少ない。
ぽつぽつとコーヒーブレイクを楽しんでいる人がいるものの空席のほうが多かった。
「優希之さんはどうする? 注文」
「え、あ……め、メニュー見せて……」
「ん、はい。どうぞ」
「あ、ありが――――」
と、テーブルに置かれたメニュー表を覗き込もうとしたところで。
視界の端、ほんのちょっぴり見えづらい位置から。
さらっと流れた
――――近い。
めちゃくちゃ、近い。
〝
「色々あるよ。ホットケーキとか、サンドイッチとか。アイスとか」
「そ、そそそ、そうだねっ!?」
「? ……どしたの優希之さん。なんか今日変だね」
「そそそそうかな!? あ、あは、あはは――!」
〝――変なのはお前じゃろがいっ!〟
そう言える気概は渚にはなかった。
悲しいかな、いくら氷の女王と言えど日差しを前にしては溶けるしかない。
よわよわでびたびたな優希之ちゃんはこの男子が弱点なのだ。
「でも良かったよ、ここに来て。昼休み、一緒に食べられなかったし」
「っ……そ、そんなに私と食べたかったの……?」
「? そりゃもちろん。今日はそのつもりだったんだから」
「――――っ」
まったくもー、なんてぶつくさ呟く彼の姿は珍しい。
こうして連れ添ってきた――いやまだ夫婦になったワケじゃないが――渚でさえあまり見ないような反応だった。
ギャップ萌えか、はたまた新たな一面を発見したコトによるものか。
胸の奥、心臓の裏側あたりがきゅぅーっ、と締め付けられる。
……どうしよう。
震える唇が、うまく、閉じられない。
「――――…………そ、その……っ」
「? なになに」
「……ど、どうして、そんなに……私と、食べたかったのかなー……って」
「――――――」
細く、誰かが息を呑む音。
「……あ、あはは……ご、ごめん。変なコト聞いちゃったね……っ」
「え? ……あ、うん……?」
「あ、あはっ、あははは――――」
(待ってめっちゃハズい)
かぁっと頬を真っ赤に染める渚。
とっさにメニューを開いて顔を隠した彼女はそのときの彼の表情を見ていない。
少年にとっては初めての。
どうして自分は彼女と昼食を摂りたかったのか。
その意味を考えた瞬間、肇自身も「あれ、なんでだろう」と疑問に思った。
……いいや、正確に言うのなら。
自分の
(……たしかに。俺、なんで優希之さんとお昼食べるのにこだわってたんだ……?)
むむむ、と照れて恥ずかしがる少女をよそに考え込む。
思えばいつからか、彼の言動には自覚しないほど不自然な傾きがあった。
出会いはなんでもなかったのに不思議と話すようになったコト。
色々と知って少しでも助けになればと思ったコト。
驚くほどの美しさをそのまま声に出して伝えていたコト。
だんだんと気安い関係になって距離も縮まっていったコト。
乙女ゲーがどうかとか関係なく。
彼女の誘いに乗って、悲しんでいるのが見ていられなくて、笑っていると喜ばしくて、いつからか一緒に過ごすのが当たり前になって。
――それで、ふとした今日、一緒に食事を取れないだけで機嫌を損ねた。
……その全てを分かっていれば答えは出ているようなもの。
気付けないのはすべてが徐々に変化した見えないものだからだ。
彼の解答欄はまだ空白のまま。
なにせ頭の辞書にその説明がない。
だから、これはそれだけの話。
ちょっとだけ疑問に思った、男の子らしいちっぽけな悩み事だ。
(……仲の良い友達、だからかな……?)
少年の疑問は、いまは遠く思考の海へ消えていった。
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