フキノトウ

くろいゆに

フキノトウ


足音が聞こえる。胸が高鳴る。

パパが帰ってきた!


ドアの前で待機。ドアノブを見つめる。わずかに動く。


「パパおかえりなさい!」

「ただいまアメリア」


ぎゅっとハグする。


「お人形は? 今度はどんな子なの?」

「今回の子はとっておきだよ、きっとアメリアも気に入ってくれる」


パパが合図するとドアの向こうから男の人が袋を抱えて持ってくる。


「ほーら、アメリア。みてごらん」

「わぁ〜、なんて可愛い子なの!」


白い肌にシルバーに近いブロンドの少しウェーブの掛かったロングヘア。見開かれた瞳は美しい青色。


「アリアよ! あなたの名前は今日からアリア!

 さあアリア、私と一緒に遊びましょ」

「じゃあアメリア、パパはもうお仕事に行くから良い子にね」

「ええパパ。良い子にして待ってるわ」


バタンとドアが閉まる。

パパのお仕事は忙しい。あまり家にいることはないから一緒に遊べる時間は少ないけど、その代わりにかわいいお人形をいつも持ってきてくれる。今日の子なんて今までで一番かわいい子!


「まずは髪をとかしてあげましょう」


アリアを椅子に座らせる。初めは不安定だったけど、時間が経つとアリアはしっかり椅子に腰を下ろした体制で落ち着く。


「綺麗な髪ね」


くしがすっと入っていく絹のように柔らかな髪を丁寧にとかしていく。


「次はお化粧ね! アリアのお肌は透き通るくらい白いからアイメイクは淡い色にして、口元は少し明るい色にしましょう! 今道具を持ってくるから良い子にして待っててね」


 隣の部屋に並べられたメイク道具の中からアリアに似合いそうな物をワゴンの上に並べていく。この淡い色も良いけど、こっちの色も可愛い! あぁ、どれにしよう!

何を悩んでいるのアメリア、まずはこっちの色でお化粧して明日はこの色でお化粧してあげれば良いんじゃないの。

そうと決まれば今日はこの色ね!


「あ! いけないわ、お洋服を忘れてた」


私の自慢のウォークイン。フリルの着いた可愛いお洋服たちがたくさん並べられた自慢のウォークイン。


「今日のドレスは淡いブルーにしましょう。あの子の瞳の色とぴったりよ!」


ドレスを持って、メイク道具を持ってアリアの待つ部屋までワゴンをカラカラ押してく。


「お待たせアリア、良いこで待ってたかしら?」


アリアの隣にワゴンを止めると頭を優しくナデナデしてあげる。


「アリアはお利口さんですね。さあ、お着替えしましょう!」


お人形のお着替えは少し大変。体が硬くてなかなか袖に腕を通すのは難しいの。


「あら、あなたお腹のところが少しほつれてる。ママに今度縫ってもらわないとね」


ドレスを着せたら一度椅子に座らせて背中のリボンをキュッとしめる。

サイズもぴったりね。最後に靴をはかせたらお着替え完了!


「今度はお化粧していきましょうね」


おこなを叩いてまつ毛をぱっちり立たせる。ピンクのアイシャドウとチーク、それと最近ママから教えてもらったハイライトも鼻筋に入れて最後にリップを塗ったら完成!


「うん! とっても似合ってるわ! すっごく、すっごく素敵よ!」

「アメリア、ご飯の時間よ」


ママの声だ!


「はーい、今行くわ! アリア、良いこで待っててね!」


階段を駆け上がる。キッチンの方から香ばしい匂いが漂ってくる。私の大好きな匂い、この匂いをかぐと急に腹ぺこになっちゃう。


「ママ、今日のご飯は何なの?」

「今日はアメリアの大好きなハンバーグよ。ほら、手を洗ってきなさい」

「はーい!」


ママの作ってくれる料理でハンバーグは一番大好き! 幸せの味がするの!


「いただきます!」


一口食べれば口いっぱいに肉汁が溢れ出す。


「ん〜、美味しい」

「それは良かった。おかわりもあるから沢山食べなさい」


ママはナイフとフォークを使って丁寧にハンバーグを口に運ぶ。ママは何でもできて、とってもエレガントな大人の女性。私も将来はママみたいな素敵な女性になりたいな。


「そういえばアメリア、新しお人形はどう?」

「とっても可愛い子なの! アリアって名前を付けたんだけどね、後でママも見にきて欲しいな」

「ええ、片付けが済んだらママにもアリアを紹介してね」

「うん! アリアもママに会えてきっと喜ぶわ。それとねママ、アリアのお腹が少しほつれていたの。今度直してくれ?」

「もちろんよ。ただ、今日はママ忙しいから明日でも良いかしら?」

「うん、明日でも大丈夫」

「ありがと」


美味しい時間はあっという間に終わっちゃう。


「ごちそうさまでした! すっごく美味しかったわ」

「それは良かったわ。お風呂の用意してあるから入ってきなさい」

「はーい」


早くアリアと遊びたいな、ぱぱっとお風呂を済ませてしまいましょう。



※   ※   ※



「お待たせアリア、良い子にしてた?」


変わらずアリアはお部屋の真ん中で椅子に座っている。

近づいて頭を撫でてあげると何だか嬉しそう。


「明日はこっちのドレスを着ましょうね。さあ、寝る前に絵本を読んであげるわ」


 私はアリアに絵本を読んで聞かせる。ママが小さい頃私にしてくれていたように優しく、ゆっくり落ち着いた口調で語り聞かせる。

1ページ、1ページめくっていくうちに何だか私の方が眠くなって来ちゃった。


「ごめんなさいアリア、続きはまた明日読んであげるから今日はもう寝ましょう」


アリアの頭を優しく撫でる。


「おやすみなさい」




※   ※   ※



 いつもと同じ時間に自然と目が覚める。

大きく伸びをしてベッドから出ると、寝室のドアを開けてごあいさつ。


「おはよう、アリア」


アリアは昨日と同じく椅子に腰掛け、可愛らしいドレス姿で私を見つめている。

階段を上がり廊下に出ると美味しそうな匂いがしてきた。


「おはよう、アメリア」

「パパ! おはよう! 今日はお仕事お休みなの?」

「休みではないんだけどね、今日は遅い出勤なんだ。だけどその代わりアメリアと一緒に朝食が食べられる」

「お仕事なのね……でもパパと久しぶりに朝ごはんが食べれて嬉しいわ! ねえママ」

「そうね、ママも久しぶりに家族3人で朝食を食べられて嬉しいわ」


久しぶりのみんなで食べるご飯はすっごく美味しくて、パパがお仕事に行っちゃうのがいつもよりほんのちょっとだけ寂しかった。


「ママ、パパ今日は帰り遅いのかしら?」

「どうかしらね? なるべく早く帰ってくるとは言っていたけど。寂しいの?」

「ううん、ママもいるしアリアもいるんですもの。寂しくなんてないわ……」


でもね、ほんとのほんとは少しだけ寂しいの。私が寂しくないようにってパパとママはお人形をくれるけど、お人形は私とお話ししてくれないの。それが少しだけ寂しいの。


「そうだアメリア。アリアのお腹がほつれていたのでしょう? 後でママが縫ってあげるから準備して来てちょうだいな」

「そうだったわ! 私すっかり忘れてた。すぐに準備してくるわ!」


階段を勢いよく駆け降りてアリアのまつ部屋のドアを開ける。


「お待たせ。さあ、朝の支度をしましょうね」


ドレスを脱がせて湿った布で体を優しく拭き取る。メイク落としでメイクを落として髪の毛にブラシをかける。


「アリアは今日も可愛いわね」


椅子に座らせたアリアの頭を優しく撫でる。


「ママー準備できたわよー」


階段を降りてくる音が聞こえる。


「はいはい、お待たせー」


ママは糸と針、ハサミとタオルを準備すると手際良くアリアのほつれを縫っていく。


チクチク、チクチク、パチン


「はい、できたわよ」

「わぁ、ママありがとう!」

「どういたしまして」

「私もママみたいにお人形を縫えるようになりたいわ」

「あら、なら今度ママのお仕事手伝ってみる?」

「いいの⁉︎」

「ええ、もうアメリアも十分大きくなったんだし。ゆくゆくはママも手伝ってもらいたいと思ってたしね」

「嬉しいわ! 私もママのお仕事を手伝えるのね!」


ママは私の頭を優しく撫でてくれた。嬉しい! とっても嬉しいわ。これで私もお外に出られるのね!




※   ※   ※




アリアがうちに来てから1週間。もう直ぐお別れの日が来てしまうのね。


悲しいわ


寂しいわ


 アリアの朝の支度をしながらお別れの日が近いことを私は感じた。

真っ白だったアリアの肌は少しずつ黒ずみ、髪の毛も痛みきってずいぶん量が減ってしまった。


綺麗だった青い瞳は白く濁ってしまい、ママが綺麗に縫ってくれた場所からツンとした匂いの汁が溢れ始めてる。


「もうすぐお別れなのね」


アリアを見つめる。何だかアリアも悲しそうに見えるわ。


「私も寂しいわ。でも、お別れは仕方のないことなのよアリア」


アリアの頭を優しく撫でる。


「パパが言ってたの。お人形とはずっと一緒には居られないって。


だからもう少しでお別れなの。


お別れの匂いがするとね、一緒には居られないんだって」


足音が聞こえる。

パパの足音。


パパが帰ってきてくれるのは嬉しいのに、いつもお別れの日だけは悲しくなる。


「おかえりなさい、パパ」

「ただいま、アメリア。

 あぁ、そんな悲しい顔をしないでおくれ」


今にも涙が溢れそう。アリアとお別れすると考えると涙が瞳から溢れてしまいそう。


「さあアメリア、アリアにお別れのあいさつは?」


涙をグッと堪えてアリアに近づく。


「さようなら、私のかわいいアリア。

 どうか、お元気で」


パパの合図で男の人がアリアを袋に入れて抱えて行く。


「パパは今日お仕事おしまいなんだ。良ければパパと遊んでくれないかな?」


私は溢れそうな涙を指で軽く拭き取ると、とびっきりの笑顔を作る。


「もちろんよ、パパ!」

「何して遊ぼうか?」

「お化粧ごっこが良いわ!」

「お化粧かい? オーケー。パパがアメリアをとびきり可愛くしちゃうぞ!」

「違うわよパパ。私がパパを可愛くするの!」

「え? パパを??」

「そうよ、パパにお化粧してあげる!」

「また今度お人形を持ってきてあげるから、お化粧ごっこはその時にしないかい?

 パパはアメリアと別の遊びがしたいな。そう! トランプとかどうかな?」

「トランプかぁ、それならママも読んでくるから3人でしましょ!」

「いいね、それなら今日はピザでも頼んでトランプ大会をしようか」

「素敵! パパ大好き!!」

「パパも大好きだよ、アメリア」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フキノトウ くろいゆに @yuniruna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ