38 魔人の門


 大空洞の中心に歩むにつれて、次第に周囲が昼のような明るさになってきた。


 頭上を見上げれば、枝にまとわりつく金色の丸籠の数が随分と増えている。


 それにしても。洞窟の中なのに、これほど大きな木が育って、葉を芽吹かせているなんて。さらには苔まで生えている。


 この金色の光に、光合成を促すような作用があるのか? あるいは、太陽の光がなくても育つ不思議植物?


 レオさんと風の精霊は、長年に渡ってここを拠点にしていた。風穴から続いているとはいえ、ほぼほぼ閉鎖されているから、この場所に籠っていれば安全だと考えた。


 そして、平穏な日々を過ごすうちに油断が生まれた。


 蝙蝠になった以上、もう人里に拘る理由はない。自分たちが近づきさえしなければ人間と関わることなんてないだろうって。


「あれが門か。随分と大きいな」


 高さは目視で五メートル、間口は四メートルくらい。直下に直径一メートルほどの鍵章が見えている。


 門はコの字型を伏せたシンプルな形をしていて、スポーツ競技会なんかで見る入場ゲートみたいだった。


 少し手前で足を止め、肝心の鍵章を観察した。表面に模様があり、Y字に分岐する木の枝と、丸っこい実のモチーフが彫られている。


「鍵章を調べる前に、例の場所を探さなきゃだけど……」


『バウッ、ワウワウ!(あったぞ、こっちだ!)』


 前方の木立の間に待宵の姿が見えた。


「もう見つけたの? 早いね!」


『ババウバウッバウバウ!(道を探すのは得意だ!)』


 ちょっと得意げな待宵についていくと、周回時に素通りした岩壁の前にやってきた。


「ここ? ただの岩壁にみえるけど……あっ、魔法陣か!」


 魔人に所縁のある場所なら、なにがしかの魔術的な仕掛けがあるかもしれない。そう考えて魔眼を働かせみると、岩壁に直径三〇センチほどの魔法陣が浮かび上がった。


「アイ、この魔法陣を解析できる?」


《部分的な読み取りであれば可能です。これは土魔術の応用で、壁を通過できる対象を定義しています》


「その定義って何?」


《おそらく解除キーあるいは認証アイテムの保持ですね》


「その認証アイテム的なものが何かは分かる?」


《いいえ。それを記載した箇所がブラックボックスになっていて、なんらかの隠蔽処理がされているため読み取りできませんでした》


「そっか。それじゃあ仕方ないや。待宵、怪しい場所はここだけ?」


『バウッ!(そうだ)』


「じゃあ、侵入者はここから入ってきたと考えていいわけだ」


 大空洞に来る前に、レオさんに事件のあらましを尋ねている。そのときの会話を思い返した。


「彼らは僕たちの棲み処に唐突に現れたんだ!」


「状況をできる限り詳しく話してもらえませんか?」


「人間が通れる入口なんてどこにも見当たらないのに、彼らは何回も大空洞にやって来た。その度に、おかしな道具を持ち込んで、あちこち測ったり、採取したりして、繰り返し大空洞を調べていた」


「彼らは門に触っていましたか?」


「うん。触ったり絵に描いたりしてたよ」


「では、鍵章――門の下にある円盤も調べてました?」


「ううん。たぶん円盤があることに気づいていない。まるで見えてないみたいに素通りしていたから」


 なるほど。彼らの中に特殊な職業である門番はいなさそうだ。


「風の精霊を攫った連中は、どんな奴らでした?」


「長いローブで全身を覆っていたから、実はよく分からない。たまに顔が見えたけど、男も女もいたとしか言えない」


 人数はそう多くないらしい。四人から六人で、連中が大空洞に出入りし始めた頃は、彼らはレオさんたちの存在には気づいていなかった。


「なぜ察知されてしまったか分かります?」


「奴らが木を伐ろうとした。それでフラトゥスが怒って攻撃したら、一旦は驚いて引き上げていったけど、次に来たときに奇妙な道具を持ってきて、おかしな術を使ってフラトゥスをその道具に閉じ込めちゃったんだ」


 精霊はそのまま拉致され、それ以降、どれくらいの月日が経ったのか分からない。


 三傑が活躍した時代がおよそ三百年前。レオさんは人としての人生の終わりに精霊化を試している。蝙蝠になったのは、おそらく二百年くらい前?


 でも、その後、精霊と二人っきりで、どれくらいの時を過ごしたのかが曖昧だった。レオさんは時の流れから切り離された存在になっていたから、数十年なのか、あるいは百年を越えるのかすらはっきりしない。


「では、精霊を閉じ込めた道具の特徴について、できるだけ詳しく教えて下さい」


「見ればすぐに分かると思うよ。もの凄く奇妙っていうか不気味だった。真っ黒な髑髏だから」


「髑髏って……人間の頭蓋骨ってことですか?」


「そう。でも白ではなく黒かった。月のない闇みたいな黒一色だ。それが、フラトゥスを閉じ込めたら、目の奥が緑色に光ったんだ!」


 誘拐犯たちは、岩壁に溶けるように消えてしまい、レオさんは追いかけることができなかった。


 精霊を閉じ込める。そう聞いて真っ先に思い浮かんだのは、空中庭園の水盤だった。あれはかなり大掛かりな装置だったけど、もっと小型化できていたとしたら。


「呪具の類いですかね? ルーカスさんはどう思われます?」


「おそらくそうだろうね。いったい誰が仕掛けてきたのやら」


「水盤と同じ相手の可能性は?」


「あるかもしれない。レオ、その連中がフラトゥスを捕まえた目的って分かる?」


「分からない。でも、あいつらは去り際に言ったんだ『うまい具合に風の精霊を捕獲できた。これで計画が進む』って」


「フラトゥスの今現在の居場所を調べないとね。僕が大陸を巡る風の精霊たちに聞いてみるよ。今言えるのは、グラス地方の外なのは間違いないってことだけだ」


 ルーカスさんに聞き取り調査をお任せして、俺は現地調査に来た。だけど、犯人一味が来る可能性にかけて、ずっと見張っているわけにもいかない。 


「待宵。次は鍵章を調べるよ」


 さて。


 門まで戻って鍵章の前でしゃがみこみ、指を伸ばして鍵章にそっと触れる。


 よかった……施錠されてるけど壊れてはいない。


 管理制限は、幸いにも手持ちの貨幣で解除できた。早速、解除で!


「朔月門」「東円環門」「繊月門」に続いて、四つ目の門「魔人の門」が管理台帳に加わったんだけど……それと同時に現れた新たな項目に目を瞠った。


 ◆改造門

[魔人の門]☆☆:0人 通行条件:「金榴」


「えっ? 改造門ってなに!?」

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