37 金の枝 


 待宵の背に乗って、再び夜の砂漠を駆け抜けた。少し欠けている月は、まだ十分な光源となっていて地表を明るく照らしている。


 今夜は風が強いのか、視界の隅で枯れ色の回転草タンブルウィードが赤い岩石の上をコロコロと転がっていく。


『バウッ!(ついたぞ!)』


 高い岩山の上で待宵から降りた。そして、レオさんが庭だと言った場所全体が視界に入るように見下ろす。

 

 地層がむき出しの岩壁に囲まれた巨大なすり鉢。周囲は見渡すばかりの岩、岩、岩だ。


 待宵は、よくこんな場所を見つけたよね。この岩山は標高がそこそこ高いし、下から見上げても分からないはずなのに。


 それに足場もかなり悪い。幽体姿でフワフワ浮いていなければ、こんな風に落ち着いて観察なんてできなかった。


「よく見ると、面白い風の動きだね」


 風が渦を巻き、岩壁を削ったかと思えば、急に向きを変えて幾つもの暗い横穴――風穴に吸い込まれていく。


 レオさんは「風を追っていけば大空洞に辿り着く」と言っていた。


 でも、現地に来てみたら風の流れは一筋じゃない。幾つもあるぞ?


「待宵、正解はどれだと思う?」


『バウ!(あそこだ!)  ババウバウバウッ!(蝙蝠は大抵はあの穴から出てきていた)」


「よく覚えてたね。助かったよ。じゃあ、あの風穴に入ってみよう」


 目当ての風穴は、岩壁の中腹より少し高い位置にあった。生身なら崖を降りるなんて到底無理だけど、今の状態なら楽々到達できそう。


 夜空にダイブして宙を泳ぐ。妖精の粉を浴びて飛ぶのって、こんな感じなのかもしれない。そんな風に束の間の空中遊泳を楽しんでいたら、すぐに目的の風穴の前に着いてしまった。


 近くで見ると、風穴の入口は結構大きい。これなら自分たちでも入れそうだ。


『バウゥゥウッ!(先に行くぞ!)』


「あっ!」


 待宵が長距離ジャンプをして風穴に飛び込んだ。


「ちょ、ちょっと、待宵! そこで待ってて! はぐれると困るから!」


 自分も慌てて待宵に続く。


 風穴の中は真っ暗だったから、すぐに暗視を働かせた。待宵が立ち止まってこちらを振り返っているのが見える。


「待宵、道は一本じゃないかもしれないよ。分岐しているかも」


『バゥバゥバゥゥ!(匂いで分かる。任せろ!)』


 なるほど、鼻が利くのか。そういえば、レオさんを捕まえたときに、かすかに精霊の匂いがすると言っていた。その匂いを辿れるのか……あるいは、レオさん自身の匂いがするのかもしれない。


「分かった。じゃあ、ゆっくり目に道案内をよろしく」


 今更だけど、待宵は嚮導神の加護で召喚したんだった。ここに来るまでも迷う様子は全くなかったし、道案内が得意だったりする?


 風穴内は比較的広い通路とギリギリ通れるような隘路が混在していて、予想通り分岐している箇所も数か所あった。


 だけど、幽体なのを幸いにそういった難所を擦り抜けていく。待宵も足を止めることなくスルスルと先へ進む。どうやら待宵は小さい方向にも身体の大きさを変えられるようだ。


 もし豆柴みたいになったら、かなり可愛い気がする。今度頼んでみようかな……なんて考えている内に、急に視界が開けて目的地と思われる大空洞に到達したのが分かった。


「うわぁ、これは……」


 目の前に、まるで円陣を組む様に林立する木立がある。木の種類は分からない。赤茶色の樹肌。がっしりとしたの太い幹や枝は、所々濃い緑色の苔に覆われている。


 樹高が高く、腕を広げるように四方に枝が伸びている。でも、葉がついているのは枝先だけだ。その代わり……というわけでもないだろうが、太い枝々を網目状に覆う、あるいは籠のように丸くなって絡まる金色の塊が幾つも見えた。


「これって宿り木? やけに光ってるし金色だけど」


 大空洞が意外なほど明るいのは、間違いなくこの光のせいだ。


 近くで見ると、最初の印象通り金色の塊は植物の枝でできているように見えた。一本一本が細くY字に枝分かれしていて、枝先には楕円形の小さな葉がついている。


 振り仰げば、木立から発する金光に照らされて、岩壁に幻想的、あるいは神秘的に浮かび上がる様々な色彩画が目に映る。


「あっ、あれが火山か!」


 火を噴く火山の絵を見つけた。その隣には水平線の絵もある。レオさんは対岸が見えないほどの広い湖と言っていたけど、これって海じゃないか?


 ぐるっと木立の周りを巡って壁画を観察していった。


 草原を走る馬の群れや、草をはむ犀のような生き物。滔々と流れ落ちる巨大な滝。のどかな田園風景や色鮮やかな花畑。


「……本当だ。角が生えてる」


 様々な風景の中に、動物だけでなく人の姿もあった。彼らの頭には、確かに槍の穂先のような角が生えている。


 もしかして、これが魔人?


 西の門番であるクストスさんは、自分たちは有角種という種族で、かつては魔人に仕えていたと言っていた。角には特殊な能力があるとも。


 角の形はクストスさんと違うが、この角が生えた人々を魔人だと考えてもおかしくない気がした。そして魔人は、古代遺跡に住んでいたのだ。ここって古代遺跡の一画なのか?


 ざっと一周見終わって天井を見上げれば、満天の星が描かれている。


 ……ん? なんかデジャヴ。


「この星の配置は……似てないか?」


 最近よく訪れるようになって、今夜も通ってきた場所。


 満天彗慧マンテンスイケイ。あまねく世界への門が集い、門のターミナル的な役割を果たしている。


 そして、レオさんが言うには、この木立の中に門らしきものがあるはずだ。もしかして、ここと満天彗慧は繋がってる? そんな考えが頭をよぎった。


 いや。人は幽体にならないと門を通れない。だから、万一そうだったとしても、通れるのは死者だけのはず。


 周囲に広がる多彩な風景画。満天彗慧にある廃棄された門の数々。


 そういえば、あの壊れた門はいったい何の用途で使われていたのだろう? 魂の回収に使うにしては、門の数が多過ぎる。


 ふと、ひとつの可能性が頭をよぎった。


 魔人が肉体を伴ったまま門を利用できていたとしたら? ――あるかもしれない。でも、どうやって?


 うわっ、なんか期待しちゃうんだけど。いや、待て待て。あくまで可能性でしかない。落ち着けってば。


 じゃあ、そういうことで。肝心の門を見に行ってみますか!

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