36 風の行方

 攫われた精霊を探しに行くと焦るレオさん。それをなんとか押しとどめて、彼から話を聞かなければならない。


「探すといっても、何かあてがあるわけではないですよね? とっかかりを掴むためにも、まずは今まで見聞きしたことを順番に教えてもらえませんか?」


「で、でも、フラトゥスが! 今もどこでどうしているのか……」


「レオ。君の気持はよく分かる。しかし、急いでここを飛び出しても、精霊力が枯れてしまえば君はまた蝙蝠に逆戻りだ。フラトゥスを探すには、間違いなくリオンの協力がいる。しばらく時間を割いて、よく分かるように事情を話してくれないか?」


 レオさんは、俺と霧状の人型をとっているルーカスさんを交互に見た後、俺に向かって尋ねてきた。


「リオンは、フラトゥスを探すのに協力してくれるの?」


「はい。及ばずながら。ご覧の通りまだ子供なので、できることに限りはあります。それでも、この中では一番動きやすい立場なので、お役にたてるはずです」


「そ、そうか。それなら話すよ。僕が今まで、どう過ごしてきたか、そして何が起きたのか」


 レオさんは戻りつつある記憶を探りながら、途切れ途切れに語り始めた。


 精霊に攫われて大陸の西側へ来た当初は、彼はまだ人間だった。当然、生きていくには水や食料がいる。


 レオさんが切実に訴えると、それならいい場所があると精霊に緑が生い茂る果樹園へ連れていかれた。


 そこでは、あのヤシの木に似た木――マジョルの木の大規模な栽培が行われていたのだ。


「羽根みたいな葉をつけた背の高い木ですよね? 俺も見かけましたが、果樹園と言えるほどではありませんでした。果樹園がある場所はこの地のどの辺りになりますか?」


「それがよく分からない。行き先は、フラトゥス任せだったから」


「じゃあ、なにか目印のようなものはありませんか? 背景の山の形とか、特徴的な大岩みたいなのがあったら教えて下さい」


「特徴ならある! あの場所には何基もの風車があった。地下水をくみ上げるために風車を使っていたんだ」


 なるほど。果樹園のための水源をどう確保したのかと疑問だったけど、灌漑を行っていたのか。


「だから、フラトゥスが風車を動かすのに力を貸すことを条件に、彼らの集落の隅っこに住むことを許された。精霊化を行うまではずっとそこにいたよ」


 そして、年を取って寿命が近づいてきたときには精霊と相思相愛になっていた。だから、もっとずっと長く精霊と共にいるために精霊化に踏み切った。


「でも、精霊化は上手くいかなかったんですよね?」


「うん。自分が父上の特殊な資質を受け継いでいることを知っていたから、できると思ったんだ。失敗して蝙蝠の姿になってしまったけど、よく考えたらあまり困らないことに気づいた。だって、フラトゥスは僕の外見なんて気にしない。それに、肉体から解放されたことで、飲食がいらなくなったから」


 その後は、人里から離れて二人っきりで暮らしていたそうだ。


「それって、あのすり鉢状の窪みですか? 岩壁に幾つも横穴が空いている」


「あそこは、しいて言えば庭かな。僕たちはその穴を潜った先にある遺跡みたいな場所に住んでいた」


「それって、古代遺跡のことですか?」


「古代遺跡かどうかは分からない。穴の奥には幾つもの空洞があって、最も大きな空洞の壁いっぱいに見事な、そして風変りな壁画が描かれていた」


「具体的にはどんな絵ですか?」


「人の頭に角が生えていた。槍みたいに先が尖った角を持つ人々の絵。背景の景色は様々で、炎が噴き出す山や、対岸が見えないほど広い湖に、広い草原。そして、天井には満天の星が描かれていた」


「へえ、それは見てみたいですね」


「なかなか見ごたえがあるよ。だから僕たちも気に入って、そこに住むことにしたんだ。より都合がいいことに、この姿でも留まれる枝があった。門を取り囲むようにして、木が何本か生えていてね。木の本体には触れないんだけど、なぜかそこから伸びる金色の枝には留まれたんだ。不思議だよね?」


 ちょ、ちょっと待った! 今なんて?


「門? 大きな空洞のどこに門があったのですか?」


「ど真ん中。中央だよ。ただ門だけがある。試しに門を通り抜けてみたけど、素通りするだけだったし、なぜあんな場所に門があるのかは分からない」


「あの、その門の近くの床に円盤みたいなものってありませんでしたか?」


「円盤? ……あっ、あったよ。僕は飛んでいるから全く気にならなかったけど、そういえば門の真下に丸い円盤みたいなのが埋まっていたと思う」


「円盤の表面に何か模様は見えませんでしたか?」


「模様……模様ねえ。あった気がするけど、ごめん、よく覚えてないや」


「そうですか。もし思い出したら、教えてもらえますか?」


「いいよ。でもそんなに気になるなら実際に見に行けば? 僕が案内してあげるよ!」


「えっと、それは……」


「レオはここで留守番だ。精霊化に失敗した結果、君はこの世界とっては異分子になった。リオンが保護してくれなければ危ないところだったし、今も少しだけ時間を猶予されているだけだ。フラトゥスを見つけ出す前に『存在』を消されたくはないだろう?」


「父上、それって脅しでも冗談でもなく本当ですか?」


「君が楽観的な性格なのは知っていたが、危機感がなさ過ぎる。レオ、君はもうどれくらい生きた? 人の魂が――もちろん蝙蝠の魂もだけど――与えられた寿命をとうに超えて生きている自覚はあるよね? 消滅を免れるには完全に精霊化を遂げる以外に方法はない」


「それはつまり、レオさんが精霊化に成功する可能性があるってことですか?」


「確実ではないけど、できると思う。ただそれには、レオをこの状態にしたフラトゥスと、リオンの精霊の協力が必須になる」

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