39 届かぬ祈り


 ……改造門ね。


 この言葉で「魔人の門」が持つ性質の一端を掴めた。


 自分で言うのもなんだけど、「改造」を俺以上に知る人はそういないはず。肉体改造を介して「無理を通す」とはこういうことかと、身をもって理解させられたからね。


「改造」を受けることは正道からの逸脱を意味する。アウトロー、異分子。遍く世界に敷かれたルールから外れた存在。

 

 既定の運命や割り当てられた役割を上書きすることで、本来許されていた以上の能力を手に入れた。


 この門と俺は改造仲間。そう思うと、いくらか親しみが湧くかも。


 といっても、転生者である俺やルーカスさんは、自ら道を外れたわけじゃない。世界主に拾われて、特例措置的な扱いで世界を変えるために投入されたのだ。


 この門はどうだろう? 


 「魔人の門」と名付けるからには、門の製作や用途には魔人が関与してそうだ。しかし、その魔人は既に滅亡し、この世界から消え去ったとされている。にも拘わらず、廃棄されずに残された門。


 管理台帳に記載されているなら、俺同様に世界に承認されたと解釈してもいい?


「利用者0人。これって初期化されてるよね」


 閉じていたのだから当然か。過去の利用者情報は全て消えてしまった。


 管理者になった以上は「魔人の門」の特性を把握しておきたい。でも、アウトロー的な門だから、門番の継承知識が参考にならないときた。


 手がかりは二つある。


 ひとつ目は大空洞の壁画だ。今は樹木で遮られて見えないが、その全てが絶景というか大自然を描いた風景画だった。


 あくまで推測だけど、古代人――魔人は、高度な魔導文明を築き、都市型生活を送っていた。当時、世界の主役であった彼らは、生活圏を大陸の西半分にまで広げるに至っている。


 そうなると、次に版図を広げるなら、海や空を除けば赤龍山脈により分断された大陸の東へ向かうしかない。


『赤龍の背は人には越えられない』


 これは大陸の東側では当たり前の認識で、西側の住人であるクストスさんも同じことを言っていた。


 現状、人々は東西の行き来を海路に頼っているが、魔人はどうだっただろう?


 以前、門による幽明遊廊への転移を体験したとき、幽体でしか移動できないのを残念に思った。【双対】を得たときには、肉体を伴ったまま門を利用できないかと試行錯誤もした。


 俺が思いつくくらいだ。この大陸で高度な文明を発達させた魔人も、同じように考えて、門の改造に挑戦したのではないか?


 「魔人の門」がワープゲートである可能性は――あると思います。


 そして、二つ目の手掛かりが、通行条件欄に記載された「金榴」になる。


「というわけで、『金榴』を探すか」


 鍵章に描かれていた意匠がタダの飾りだとは思えない。金の枝に囲まれた果実。短絡的かもしれないけど、あれが「金榴」じゃないか?


 フワフワと宙を浮きながら木立の中を探索することしばし。金色の丸籠の中から、ようやく目当てのものを探し当てた。


 金色の果実は姫林檎くらいの大きさで、片手にすっぽり収まった。


 外皮の一か所から、王冠のような形をした突起が飛び出ている。気になって小さな王冠の中を覗いてみたら、外皮に割れ目ができていて、隙間から宝石のような赤い粒が幾も見えた。


「これって割れてる? 果実の熟度って大事な要素かな?」


 その前に使い方が分からない。


 探せば他にも見つかりそうだけど、とりあえず今はひとつ確保して終了。タイムアウトだ。そろそろ帰らなけらばヤバい。検証は次回に持ち越しということで。


 § § §


「昨夜は、あまりお休みになれませんでしたか? 大層眠そうなお顔をされています」


「少し寝つきが悪かったから」


 朝食時に、モリ爺にズバリ指摘されてしまった。ここは素直に認めておいた。ほぼ徹夜だったし、日中はダメダメかもしれないから。


「午前の予定を変更しておきます。リオン様は寝室にお戻りください」


「うん、ありがとう。そうさせてもらうね」


 やった! 二度寝できる! 昼までぐっすりだ!


 喜んでベッドに入ったのも束の間、意識が沈むと共に金縛りに陥った。ルーカスさんと会う約束はしていない。つまりこれは、本物の金縛り!?


 そう思った直後、視界に一本の銀色の糸が映り込んだ。


 ……いや、糸じゃない? 砂だ! 銀砂が上から下に流れ落ちている。まるで砂時計みたいに。細い筋を作って。


『なぜ今の時期に王都へ? 祭事の準備にしては随分と早いですよね?』


 この声!? 以前聞いたのと同じ? 少女めいた高い声には、聞き覚えがあった。


『今回は祭事ではありません。あなたには当主代理として、ある人物に会ってもらいます。面談の日時は未定ですが、おそらく来月辺りになるでしょう』


 こちらは大人の女性だと思うけど、以前と同じ人かどうかは判断に迷う。


『参拝客の接待であれば、もっと相応しい者がいるのでは?』


『客人は幼い子供です。年若いあなたの方が警戒されずに済みます』


『やだ! 警戒されるような相手なの? あなたたち、その子に何をしたのよ?』


『我々は何も。その子供は、まず間違いなく周囲の大人たちに我々の悪評を吹き込まれています。ですが、まだ子供です。懐柔の余地は残されているはず』


『つまり、その子供を手懐けろと? 正直言って、子守りは苦手よ。上手くいくとは思えない』


『あなたの役目は、常に微笑みを絶やさず、相手に優しく声をかけ続けることです。美しく着飾るのも忘れずに。そうすれば、最初は警戒していても、気持ちを変えられる可能性が高い』


『なぜそう言い切れるの?』


『あなたの容姿がものを言います。姉妹の中で最も子供の母親に似ているからです。確かな血の繋がりを感じる一方で、より若く、そっくりというわけでもない。彼は母親の愛情に飢えています。あなたの中に母親の面影を見出せば、心に隙が生まるはずです』


『……その子供って、あの人がずっと無視していた男の子?』


『そうです。生来病弱で、長くは生きられないと見做されていましたが、事情が変わりました』


『嫌な役目ね。可哀そうな子供を騙すみたいで』


『その子供には、騙すだけの価値が十分にあります』


『価値ね。相変わらず、この家の人たちは人間を価値でしか測れない』


『当然です。世の中には、生まれながらに選ばれた希少な人間と、そうでない大勢がいますから。祈りが届かぬ以上、あなたも自らの進退について真剣に考えるべき時が近づいています』


『そんなの……言われなくても私自身が一番よく分かってる』


 そこで金縛りが解けた。身体の力が抜けて、一気に眠気が襲ってくる。


 今の会話は……現実? 


 えっと……どこで……誰と誰が……会う……って?


 ……ダメだ……めっちゃ眠い……考え……るのは……起きて、からに………しよ。




――あとがき――

第三章「風の消息」終了です。

少しお休みをいただいて、今月中旬には更新を再開する予定です。

第四章 「伏魔殿」(タイトル予告)

風の精霊の行方は? リオンを待ち受ける人々の思惑は?

穏やかに過ごしていた日々に終わりを告げ物語が動き出す。


12/25 『代償θ』の1巻が発売されます!(MFブックス)

 ※巻末ページのQRコード(モバイルアンケート)から、書きおろしSSが読めるそうです。

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 ★転生者が出てくる!(チラ見せではなく専用エピソードがあります)

 ★オリジナルエピソード多数(もりもり加筆しました)

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