第四章 伏魔殿

40 王都招聘


 モリ爺が、恭しく一通の書状を差し出してきた。


「リオン様。王政庁からリオン様宛に招聘状が届いております」


 王政庁は王都にある司法組織で、国王への助言に始まり、国璽の管理、法令の作成、貴族名簿の管理等を行っている部署だったはず。


「招聘状? なんて書いてあるの?」


 招聘。招く。呼び出す。悪い意味じゃなかったよね?


「公爵位の相続人を登録するにあたり、本人確認が必要だそうです」


 キリアム家はベルファスト王国に所属する世襲貴族であり、王国貴族としては最上位の公爵位を与えられている。


 爵位を世襲し貴族称号を名乗るにはベルファスト王家の勅許状が必要で、勝手に売買したり譲渡したりはできない……とは聞いていたけど。


「……本人確認!? そのためにわざわざ王都まで行くの?」


「はい。そのようです」


 爵位は必ずしも終身ではなくていい。


 生前に相続人を指定すれば譲位することが可能だそうだ。相続人の絶対条件は、最初にその爵位を叙爵された人物の子孫であること。


 俺がキリアム家の後継者として当確になった段階で、王都に届け出をしたと報告を受けている。


 だけど今は真冬で、道中でいつ雪が降ってもおかしくない。


「なにもこんな季節じゃなくてもいいのに。面倒……なんて言っちゃいけないのかな? みんながやってることなんだよね?」


「いえ、必ずしもです。王都で生まれ育った者や、成人して社交に参加している者は、本人確認を省略されることが多いと聞いています。エリオット様や先代のライリー卿がそうでした。しかし、リオン様はそのどちらにもあてはまりませんので」


 なるほど。どちらかと言えば辺境に引きこもっている俺が特殊なのか。


「でも、王都は遠いね」


 地図で見た限りでは、ちょっと行ってきますとは言い難いほど離れている。


「はい。王都まではバレンフィールド―グラスブリッジ間の約二倍の距離があります。精霊街道ほど道が整備されていませんので、移動に要する時間は倍以上かかります」


 王都までは諸侯領を通っていくことになる。そして、街道整備や宿場町などのインフラは領地によって様々だと聞く。


 バレンフィールドからの移動には、高速馬車で四日かかった。


「倍以上っていうと、十日くらい?」


「最短で十日。不測の事態があれば、もっとかかります。お身体のご負担にならぬように、極力揺れが少ない高速馬車を仕立てましたので、その点ではご安心ください」


「新しい馬車なんだ? それは楽しみだな」


 往復するだけで二十日以上、王都での滞在期間を含めたら、ひと月か、もっと長い時間を留守にする。そう考えておいた方がよさそうだ。


「行って、なにか特別なことをするの?」


「大法官と面会します。相続人の指定手続きが受理されると同時に、公には儀礼称号を名乗ることになります」


  伯爵以上の貴族は下位の従属貴族位を複数併せ持っている。儀礼称号として使うのはその内のいずれかだと聞いた覚えがある。


「キリアム公爵家が保有する従属貴族位はいくつかあったよね? どの儀礼称号を使うの?」


「正式な後継者は、バレンフィールド伯爵を名乗るのが慣例となっております」


 ああ、なるほど。バレンフィールドはキリアムの後継者が名乗るセカンドネームだけど、儀礼称号も同じってわけか。


 まだ子供だし、伯爵なんて柄じゃないけど、受け取るべきものを拒否すると、侮られたり警戒されたりするらしい。貴族ってそういうのが面倒だよね。


 §


 周囲で王都に行く準備が粛々と進んで行く。


 大法官や関係者への付け届けや、ベルファスト王家へのお礼の品。そういったものが結構な量になるらしい。


 相続人の届け出をしたときから準備を始めていて、今は目録と現物の確認作業に追われているようだ。


 巨人の一撃を越えればアウェイな環境で、運ぶ品々が高額なだけに道中の危険も増す。なにより移動距離が長い。


 何台もの馬車を連ね、縦に長く伸びた状態で街道を進む。ものものしい騎士団を引き連れての移動になる。


 日々行われる騎士たちの調練が次第に熱を帯びていく。

 そして、王都へ共に行くのは騎士団だけではなかった。


「お二方も同行されるのですか?」


「そう。僕はこう見えて攻撃魔術も得意なんだ。腕を買われて君の護衛を頼まれた」


「俺も同じ理由だ。魔物相手なら荒事には慣れているしな」


 魔術師であるバルトロメウス先生と、精霊使いであるキャスパー家のマクシミリアンさんも、一行に参加することになった。


 マクシミリアンさんがここにいるのは、特別注文の馬車と、それを牽く見事な鎧馬を何頭も引き連れてやってきたからだ。


「ま、坊主は守られていりゃいい。危ないことは大人に任せとけ」


「いえ、いざとなれば自分がご主君の盾になります!」


「僕たち兄弟もリオン様のお力になれるように努めます。ね、ジェイク」


「うん! つとめる!」


 子供が俺を含めて四人。


 俺とルイス、ジャスパーとジェイクの兄弟が二手に分かれて別々の馬車に乗り込む予定だ。



「というわけで、もうしばらくしたら王都に向けて出発します」


  交信リンクを開いて、長く屋敷を離れることをルーカスさんに報告しておくことにした。


 ――それはタイミングがいいというか、丁度良かった。話したいことがあったんだ。


「それって例の件ですか?」


 ルーカスさんには、グラス地方の外からやってきた風の精霊たちからの聞き取り調査をお願いしていた。


 ――うん。少なくない風の精霊たちが言ってたよ。フラトゥスは東にいるんじゃないかってね。


 グラス地方ほどの密度ではないが、外の地域にも精霊は存在する。特に風の精霊の中には長距離移動を好む子がいるそうで、その子たちから話を聞けたらしい。


「東ですか。かなり広範囲になりますが、どの辺りか見当はつきますか?」


 ――人がとても多い場所だと言っていた。そして、大森林よりも手前だと。そうなると、王都が第一候補かな。


「呪術は人が多い場所ほど、より大きな威力を発揮するんですよね?」


 ――そう。困ったことにね。


 王都のような人口密集地に風の精霊を取り込んだ呪器を持ち込む。一体何が目的なのか。


「精霊を拉致した連中が、何を仕掛けようとしているのか分かりますか?」


 ――だいたいはね。空中庭園の例を見ても分かるように、本来の呪術は対象への明確なターゲッティングが必要で、その効果もピンポイントで働く。


「本来はというと、例外もある?」


 ――うん。その最たるものが、加護による呪いの類いだ。


「言われてみれば、かつてフロル・ブランカの加護が撒き散らした呪いは、関係者だけでなく、不特定の人々にも被害が及ぶものでしたね」


 ――ああいった結果を人為的に作り上げるのに、風の精霊の力を利用しているとしたら?


「そんなことが可能なんですか?」


 ――可能だと考えた者がいたから、フラトゥスは攫われた。僕の推測でしかないけど、全く根拠がないわけじゃない。東から来た子たちに聞いたら、嫌なニオイがしたというんだ。人が多い場所を通ってきた風がね。


「精霊が嫌う匂い? それが呪術に関係があるってことですか?」


 ――おそらくね。空中庭園は周到に隠蔽されていて分からなかったけど、あの異形を水球に取り込んだときに、酷い匂いがしたとリクオルが言っていた


「リクオルさんがそう仰るなら間違いなさそうですね……ってことは、今現在の王都で、呪術的な仕掛けが動いているってことになります?」


 ――かもしれない。だから、丁度いいと言ったんだ。リオン、君なら呪素が見えるだろう?


 確かに。俺なら呪素が見えるし、対抗手段も持っている。


「分かりました。王都では呪術的な気配がないか、よくよく注意します」


 フラトゥスさんを探して、可能であれば救出する。


 王都でやることが増えたぞ。そして誘拐犯との戦いは、騎士団任せというわけにはいかない。俺自身が強くならなくっちゃ。



――あとがき――

第四章開始です。いよいよリオンが王都に向かいます。


 ちょうど一週間後、12/25に『代償θ』の1巻が発売されます。手元に見本が届いていて、とても綺麗な表紙なので、書店にいらした際に新刊コーナーを覗いてみて下さると嬉しいです。


 あと、編集さんから一般公開OKと許可を頂きましたので、サポーター限定公開していた書籍化へ向けてのダイジェスト? を以下に掲載します。

会話形式に改稿ポイントをザックリまとめました。


――『代償θ』プリンス語録――

(注意※以下に記載したセリフは作者の記憶フィルターにより多分に修飾を受けています。実際のプリンス編集はとても言葉遣いが丁寧な方で、一度ではなく何回かに渡って段階的に改稿指示を受けました)


P:プリンス編集(仮名) H:作者H


P「序盤が(無駄に)長いですよね。これだと読者の皆さんは(ものすっごく)退屈だと思うんです」

H「(それは絶対に言われると思った)そうですよね。自覚は重々あるので、書籍では序盤を圧縮しようと思います。どれくらい削ればいいですか?」

P「そうですね……半分にして」

H「えっ!? それってページ数にしてどれくらいでふか(動揺して語尾が乱れた)?」

P「とにかく長過ぎる。ストーリー進行に関係ない不要な説明が沢山ありますよね? 〇ページ(容赦なくごっそり)までに主人公の転生を終わらせましょう!」

H「が、がんばります!(悲鳴)」

P「あとですね。主人公以外のキャラが空気。周りに人が何人か出てきますよね。でも、会話がろくにないし、全員が主人公との関係がうっすい」

H「そ、そうですね。筆者の悪い癖が出ています」

P「その辺りも含めて、読者にちゃんと物語を提供したいんですよ。子供たちと一緒にいるシーンでは今度は主人公が空気になっている。そこも修正で。それに、キャラ設定が浅い。もっとしっかり書き分けましょう! あと……ここと、ここと、この辺りにエピソード追加で」

H「が、が、が、がんばります!」

P「あと、転生者がどっこにも出てこないじゃないですか? 一緒に転生したクラスメイトが、この世界でどう過ごしているかって、気になる読者がいると思うんですよ」

H「やっぱりそうですかね?」

P「出しましょう!」

H「分かりました。では、何人くらい?」

P「〇人くらいですかね。人数分のエピソードを追加して下さい!」

H「はい! か、書きます!」

P「通して読んでみて、物語の連続性が足りないです。次は何が起こるのか、主人公はそれに対してどう動いて、その結果物語がどういった方向に進むのか。そういったワクワクするような一連の流れを体感できるようにしましょう!」

H「な、なるほど。分かりました」

P「主人公は流されるだけじゃダメ。自ら動かなきゃ。これ大事!」

H「ご尤もです! あっ、序盤をご指定通りに削りましたがどうですか(結構頑張って減らしたよ)?」

P「うーん。まだまだ要らない情報が多いです。あと、中盤のこの辺りも、伏線かどうか判断に困る説明が並んでいて読者が大変過ぎる。もっと整理が必要です!」

P「この物語にはメインストーリーとサブストーリーがありますよね(意識してます?)。メインストーリーをより充実させましょう!」

H「はい!!」

P「誰の会話これ?」

H「直します」

P「戦闘シーンが地味。この作品はファンタジーですよね? 外連味追加で!」

H「ですよね。めっちゃ自覚あります。外連味ですね(あとでググろう)! 書き換えますっ!」


 応援コメントやレビューで、皆様にご指摘頂いた箇所と被っている指示が少なからずあって、もの凄く苦労はしましたが、納得がいく改稿作業になりました。


 作者のデビュー作である『不屈の冒険魂』はボッチプレイかつゲームにログイン中という特殊な設定だったので、主人公が一人で行動していもおかしくなかった。

 ですが、リオンはこの世界で生きています。人との関りを避けられるわけがないんですよね。

 書籍化を通して、その点を改めて認識できたので、今後の執筆に生かしていきたいと思っています。


漂鳥


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