41 護連星

「ルシオラ。じゃあ、気を付けてね」


 自室の窓から、鳥に変態したルシオラを見送った。先行して東に飛んでもらい、街道の偵察と簡易的なマッピングを行うためだ。


「へえ。アップデートに随分と時間がかかるとおもったけど、これは凄いね」


 カウチソファにもたれかかり目を閉じてから、ルシオラが見ている映像に切り替えた。

 グラスブリッジの街並みがぐんぐん通り過ぎていき、あっという間に三重の防壁を越えて、外に飛び出した。


 移動能力がアップしたと聞いていたけど、予想を超える速さだ。


 さらに、視界に映る映像も、より三次元的なものに変わっている。今はリアルタイムで見ているけど、収集したデータからジオラマみたいな立体マップを作ることもできるらしい。


「……見えてきた。ジェミニ大橋だ」


 往路と復路を分けた二重橋。長大な橋の両サイドに、堅牢な要塞と化した砦がそそり立っている。


 しばらくジェミニ大橋の上で旋回してデータを収集した後、ルシオラは外の世界へ飛び出していった。


 続きをずっと見ていたい気もするけど、ここで視界を元に戻して身を起こした。他にもやることがあるからだ。


 三体目の理蟲、蠱甲「スカラ」の実戦配備。今日はこれの進捗状況を確認する。


 スカラに期待している役割は二つある。


 ひとつは破壊槌だ。『理伍』以降の守護者に認められ、理律を制覇すること。そして、もうひとつが防御術である魔装甲の一端を担うこと……なんだけど、さて、どうなっただろう?


「アイ、どんな感じ?」


《現時点で、『理漆』の最初の関門を突破し、部分開放に成功しています》


 スカラには孵化後、『理漆』の攻略に取り組んでもらっている。


 理の扉の解放は『理壱』から『理肆』までは順番に進めたけど、修得難易度が高くて一筋縄ではいかないとされる『理伍』の習得を後回しにして、理の開放に特殊な素養が要るという『理陸』もスキップした。


「成功したんだ。部分開放だと何ができるの?」


『理漆』が司るのは多彩な領域魔術だ。これまでの扉と違い、段階的な開放が可能なので、部分開放でも大いに意味がある。


《防護術の魔装甲を使用可能になりました。いまだ全開放には至っていないので、結界術や認識阻害といった空間干渉系の複合魔術は使えません》


「まあ、それはおいおいだね。じゃあ、例の武装を配備できる?」


《はい。自動迎撃システムのプロトタイプは既に出来上がっています。時間がありませんので、実際に配備した状況を見て今後改良を重ねていく予定です》


 魔装甲の主要な機能は魔術版身体強化だけど、俺の身体ができあがっていないので、それは先送りにするしかない。


 そこで、新たに開発した自動迎撃システムを先に実践投入することにした。


 死角を含めた全方位からの物理的な攻撃を打ち落とし、魔術的な攻撃を相殺するという優れもので、理蟲と共生している俺ならではの離れ業だと言える。


「出立までに間に合うか心配してたけど、なんとかなったね」


 自衛機能なんて要らないと思っていた時期もあるけど、敵対勢力がいると分かってから、急遽方針を変えた。


 『理漆』を優先したのは正解だったんじゃないかな。いずれは範囲検索や遠隔攻撃、結界術も使えるようにしたい。


《では早速ですが実装します。物理、魔術、呪術。今回はこの三種類において、それぞれ一対の護連星を配備します》


 俺を中心に周回する自動迎撃装置。その様を衛星に見立てて護連星と呼ぶことにした。センサーと迎撃システム搭載で、互いに連携して俺を守ってくれる。


《まずは対物理の護連星です》


 魔眼視で銀色に映る二つ玉が現れて、俺の周りをゆったり周回し始めた。玉の大きさはガチャポンのカプセルと同じくらい。物理的な攻撃を察知してハード・キルしてくれる。


《次に、対魔術の護連星です》


 今度は虹色の玉が出てきた。シャボン玉の色が濃くなった感じのマーブル模様だ。


《最後に、対呪術の護連星です》


 今回の目玉がこの白い護連星だ。対呪術装備であり、呪素や呪術的な動きを察知して滅殺する……らしい。


 呪いは人の情念を燃料にして働く術で、破壊するにはより強い力をぶつける必要があった。


 空中庭園での戦いのときは、水精王と大規模な複合魔術という力技でゴリ押しをしたけど、あんな技はそうそう使えない。


 そこで注目したの、蛛弦縛枷の消滅と共に現れた派生能力――【倒懸鏤刻】だ。この能力を対呪術装備に組み込んでいる。


 能力所有者の心に刻まれ、骨に染み入るほどの苦痛の記憶。【倒懸鏤刻】は、それを精神攻撃に変換する。


 蓄積された痛みや精神的なダメージが激しければ激しいほど、変換後の精神攻撃が地獄の苦しみに近づくという。


 ……なんかね。この能力のあらましが分かったとき、ルーカスさんが言っていた言葉が腑に落ちた。俺たちは試作品だって。


 あの痛みも苦しみも、特殊な能力を得るための代償であり、必然な過程だった。


 俺をこの世界に投じた存在は、精霊界との穏やかな吸収合併を望んでいる。そして、精霊の敵対勢力が呪術を使うことを知っていた。


 この仕込み具合は、ちょっと呪います程度の相手じゃないよね。おそらく、多数の人間の意識の集合体が関与する大規模呪術が想定されている。


 武者震いなのか、それとも見えない未来にたいする恐れなのか、身体がプルッと震えた。


 これから先、どんな厄介事が待ち受けているのか分からない。


 敵の脅威が不透明な以上、手に入る能力は全て獲得する。そのくらいの気構えでいなきゃ駄目だと思った。


(12/21 一部記載漏れ修正)

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