42 切通しにて
ヒュルヒュルと寒風が吹き渡る街道を、紋章旗を掲げた馬車列が粛々と進んでいる。
黒地に銀の房飾り。旗に描かれた意匠はキリアム家を表す「九首水蛇」だ。
逞しい馬体の鎧馬が重い蹄の音を響かせ、長く伸びた隊列を騎兵が先導、あるいは並走し、殿も騎兵がガッチリと守っている。
こんなゴッツイ武装集団に守られた馬車を誰が襲うのか?
なんて思っていたときもありました。出発時にね。これなら道中は安全で、退屈が旅の最大の敵だろうって考えていた。
「……甘かった」
そう呟くと同時に、目を開けて身を起こした。
「リオン様、何が甘かったのですか?」
不思議そうな顔で尋ねてくるルイス。ちょっと休むと言って横になった俺が、妙な言葉を発して起きたから、夢でも見たと思ったのか。
「見込みというか、認識?」
前世は平和な日本で育ち、今世はこれ以上ないほどの箱入りだ。賊に襲われるという災難が自分の身に降りかかるなんて、ぶっちゃけリアルにイメージできていなかった。
たった今、この目で見るまでは。
この先に、丘を掘削した切通しがある。天井は開けているが左右がほぼ垂直に近い絶壁になっていて、馬車同士のすれ違いが難しい隘路が続く。
切通しは入口からしばらくは上り坂になっているため、見通しがあまりよくなく死角も多い。
そこに賊――いや、武装を見る限りでは立派な軍隊で伏兵というべきか――が待ち構えているのがルシオラの目を通して見えた。
上空から急いで可能な限り敵を数えてみた。生い茂る樹木でいまいちはっきりしないが、伏せているのは十や二十ではない。その倍以上か、もっといた。
絶壁の上の岩棚に弓矢を携えた兵が何人も伏せていて、いかにも俺たちこの場所を通るのを知っていての待ち伏せだ。そこまで把握してから目を開けた。
「ルイス、ハワードを呼んで」
「直ちに」
ルイスが馬車の窓をコンコンと叩き、騎乗して馬車と並走しているハワードの注意を引いた。そして、会話が通る程度に窓が薄く開けられる。
「リオン様、どうかされましたか?」
「この先に賊が待ち伏せている。本格的な武装をした集団で、高所に弓兵が八名以上、総勢で五十から六十人はいると思う」
ハワードの顔つきがサッと真剣なものに変わった。
「斥候を放ち、速やかに確認いたします」
§
一旦小休止した馬車列がゆるゆると動き出した。
切通に近づくに連れて、東から吹き下ろす向かい風が強くなり、紋章旗がハタハタと後方へたなびき翻る。
「今だ! やっちゃって、フェーン!」
風に乗って幾本もの矢が騎乗する騎士をめがけて飛んできた。
――ブォーーン!! トマレ!!
《敵意感知――迎撃シマス》
風が急遽反転し、矢が軌道を乱して地に落ちる。上手いぞ、フェーン! ……あれ? 今、なんか別の声が聞こえなかった?
「な、なんだ!? 風向きがいきなり……!」
「伏せろ! 風に煽られて落ちる!」
梢を騒めかせ岩棚を叩きつけるように吹く風に、弓兵が矢を射る手を止めて地に伏せた。
「い、痛い! 止めろ! なんだ? いったい何に攻撃されている!?」
「分からん! 敵の姿が見えない」
次々と敵側から悲鳴が湧きおこる。なお弓を構えていた弓兵の周囲を飛び交う銀色の軌跡。
あれって、護連星? えっ!? なんで? 俺から離れて、なぜあんな前衛にいるの? アイ、どういうこと?
《センサーの感度が鋭敏すぎるようですね。スカラは好戦的なきらいがあるので、その影響もあるかもしれません。追って調整・指導します》
好戦的って……あっ! 今度は白!?
道の先に伏せていた歩兵が武器を掲げて飛び出してきた。まるでそれを迎え撃つかのように、こちら側から白い軌跡が突っ込んでいく。
《臨》・《兵》・《闘》・《者》
……はっ!? これって九字を切るってやつ? 俺はいったい、何を見ている?
《皆》・《陣》・《烈》・《在》・《前》
何体もの逆さづりになった白い
骸骨の周囲には夥しい数の白い骨片や骨そのものが浮遊していて、まるで雪が降っているような景色で。
《倒》・《懸》――《鏤》・《刻》――《発動》
骨片や骨が一斉に射出されて敵の兵士たちに突き刺さり、断末魔のような悲鳴が上がる。
こんなエフェクトがあるなんて聞いてない。
馬車は手前で停止していて、矢除けの盾を構えたキリアム家の騎士たちが壁を作って守っている。しかし、その壁に辿り着く前に、次々と敵側の兵士たちが藻掻き苦しみ倒れていくのだ。
武器を取り落とし、冷や汗を流して頭を抱える者、腹を抑え、身を折って吐しゃ物をまき散らす者。
共通しているのは、敵兵の顔が苦悶に歪んでいること。
「あらやるじゃない。だから、子供一人だと侮っちゃダメだって言ったのに。作戦失敗だけどどうする? このままだと術が解けちゃう。……了解。残念だったわね。証拠隠滅されて頂戴!」
阿鼻叫喚の中、やけにふざけた感じの女性の声を拾った。この声……聞き覚えがある? でも、どこで?
「……これは。まずい! どこかに敵の術者がいる! みんなもっと下がれ! 敵兵から離れるんだ!」
バルトロメウス先生が警戒の声をあげ、前衛の騎士たちが一斉に馬車の方に下がっていく。
「よく分からん状況だが、みるからにやばそうだ。念のため間に壁を作っておくか。氷壁!」
続いて、マクシミリアンさんが精霊術で敵兵との間を氷の壁で塞いだ。氷の壁ごしに敵兵が見えるが、どうも様子がおかしい。
味方に武器を向けて……血が! 同士討ちをしている!?
「怖えな、皆殺しかよ。先生さんよ、あれはなんだ? 何が起きている?」
さっき、証拠隠滅って聞こえた。作戦に失敗したから口封じをしたってことか? こんなやり方で!?
「おそらく隷属術の類です。禁術ですよ。ああなっては、情報を取るのも無理でしょう」
「つまり、こいつらは普通の賊じゃないってわけか」
「ええ。財宝狙いではなく、精霊の愛とし子が目的だと考えてよいと思います」
「うちの秘蔵っ子を誘拐なんてさせるかよ!」
「誘拐もしくは抹殺ですかね」
「連中は、襲い掛かる前に急に苦しみだした。あれはなんだ? 術の失敗か?」
「あれは……別件ですかね? 今すぐには判断がつきません。直前に、精霊のものと思われる風が敵に向かって吹きました。後ろの馬車にいる子供に、何か心当たりがないか聞いてみましょう」
……やばい。なんて言い訳しよう。護身術がちょっと暴走しました? いや、ちょっとじゃないし。うわっ、どう言えばいい!?
――追記――
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