33 神託

 この場から穏便に引き上げる方法。それを必死に考えた。


 冥廻人の仕事は地上に取り残された人の魂の回収だ。回収された魂は輪廻転生し、この世界で新たな命を授かり別の人生を歩む。


 非常に大切な役目で、この世界を維持するシステムの一端を担っている。


 そう。そのシステムにおいて、彼らはいわば公務員的なポジションにある。可哀そうな蝙蝠をイジメたいわけでも、無情なわけでもなく、決められた仕事をルールに則って行っているだけなのだ。


 つまり、そのルールに例外を設けることができる上位の存在に許可をもらえばいい。


「あの、あなた方の仕事を妨害したいわけではないんです。でも、絶対に確かめなければならないことがあって。それは、俺個人の問題ではなくて、この世界と精霊の関係に関わってくる重要な案件だから」


 頭から拒否されることも想定していたが、二人の冥廻人は互いに顔を見合わせ、躊躇する素振りを見せた。


 これなら譲歩を引き出せる?


「嚮導神様への釈明を幽明界の中でします。一緒についてきてもらっても構わないので、門を通って幽明界に行ってもいいですか?」


 しばらくの間を置いて、冥廻人たちが首を縦に振った。


 二人の冥廻人に前後を挟まれる形で、中央の部屋に入り鍵章に乗る。

 すぐに満天彗慧に転移したが、目の前にいる冥廻人が立ち止まったまま動かない。不思議に思ってその背中越しに前方を覗くと、意外な人物と目が合った。


 ――リーオン ヒサシーブリ


 独特のイントネーションがついた陽気な声。


 黒く艶やかな肌、先が尖った耳に鬼のような角。そして、鮮烈な朱色の髪。見間違えようがない。於爾オニ一族の諦羅タイラだ!


「なぜ諦羅がここにいるの?」


 ――リーオン ガ ヤラカッシタ セイネ


「俺のせい? それで諦羅がここにいるってことは……今日は羯羅波カラハはいないの?」


 見える範囲にあの青い髪をした於爾はいなかった。


 以前彼らは、嚮導神の神託を伝える役目を担っていた。今のセリフからすると、今回も嚮導神の意向を受けてここにいるはず。


 つまり嚮導神は、とっくに俺が置かれている状態に気付いているわけか。


 ――カラハ スグ クルヨ オレ ミハリ サキキタ


「満天彗慧で待っていればいいの? それともどこか別の場所に移動する必要がある?」


 ――マテバ イーヨ カラハ シンタク ハコブ


「わかった。それにしても行動が素早いね。君がここで待っているなんて、全く予想もしなかった。なんで嚮導神様は問題が起こっているって分かったのかな?」


 まあ、神様だから何を知っていても不思議ではないけど。


 ――アゲタ ノニ オマエ ゼンゼン ヨバナイーネ ソレ ベンリ ナノニ


 ……あげた? 角笛か!


 腕にぶら下がる赤と青のミニチュアサイズの角笛に視線を送る。


 もしかして、これにGPS的な位置測定機能があるとか?

 全然呼ばないと指摘されるってことは、こちらからも使える通信機器や呼び出しベル的な役割もあったりするのか。


 加護をもらっている以上、ある程度は筒抜けになることを予想していたけど、さらに紐を付けられていたってわけだ。嚮導神からすると、俺って見張ってなきゃいけない要注意人物に見えるってこと?


「あっ! あれかな?」


 この広場から続く滑走路のような道の先に、見覚えがある鰐に似た巨大生物が見えてきた。その背に騎乗する青髪の於爾、羯羅波の姿も。


 羯羅波は巨大鰐から降りて一直線に俺の元へやってくると、すぐに口を開いた。


 ――嚮導神 カラ 神託 ガ 下サレタ


 果たして何を告げられるのか。少し身構えて神託の内容に意識を集中する。


 ――汝ハ 人ノ身ヲ 忘レル ナカレ

 ――人ヲ 逸脱シタ 幽魂 ハ 輪廻ノ輪 二 戻レヌ

 ――同源ノ融和 ヲ 志ス 限リニオイテ 一時ノ 看過ヲ 与エン


 最初の一文は俺への戒めだ。人の分限を逸脱した神の領分に手をだすな、身をわきまえろと警鐘を鳴らされたと考えるべきだ。


 次の一文は、この子が既にその分限を踏み越えてしまっていて、輪廻転生ができないと告げている。


 そして最後の一文。条件付きではあるが望んでいた許可が出された。


 ずっと見逃してもらえるわけではなさそうなので、この子が抱えている問題を早く解消しないといけない。


「嚮導神様の寛容なご裁定に深く感謝を捧げます。この件に関して、できるだけ早急に解決できるよう尽力いたします」


 神託という確かな言質を得たことで、冥廻人たちからはすぐに解放された。あとは門を潜って自室に帰って……それからがまた大変かな?


諦羅タイラ羯羅波カラハ。嚮導神様の神託を迅速に届けてくれてありがとう。すごく助かった」


――困ッタ コトガ アレバ 遠慮ナク 呼ベ

――デモ タダ ジャ ナイゾ


「うん。何かあったら相談させてもらうよ。二人を呼ぶには、この角笛を吹けばいいの?」


――握ッテ 念ジレバ 声ガ 届ク

――フイテモ イイ ヨ


「分かった。有事の際には頼りにするから。じゃあ、俺は行くね」


 胸に緑色の小さな蝙蝠を抱えたまま、待宵と一緒に帰還用の鍵章に乗った。すぐに見慣れた自室の風景が視界に映る。


……さて。どうなることやら。この子から、いったい何がどうして今の状態になったのか、上手く話を聞き出せるといいんだけど。




(※2023/11/23 文中の間違いを修正)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る