19 大陸の地理
さて。
「東円環門」が開通した。
この門は自らの管理下にあるので、出入りはフリーパスだ。そして、もう一人の門番が管理しているという「西の門」は、通行料金を払えば利用可能。
つまり、幽体という不安定な姿ではあるけれど、大陸の東と西を自由に行き来できる可能性が高くなってきた。
しかし、ここで問題が。
門を開けた先の地理が皆目分からない。それでは困るのだ。幽明遊廊を出た先で迷子だなんて、何をしに行ったのか分からない。
おそらく帰還は何とかなる。いざとなれば、待宵に使い捨ての仮設門を開けてもらえばいい。
だから、必要なのは地理感覚。大陸にある国々や地形の把握が喫緊に必要だと実感したわけです。
「大陸の地図でございますか?」
「うん。できるだけ広範囲なのがいい。見ることってできる?」
「地図にご興味がおありですか?」
「とても。だって描いて……いや、あの、ほら、歴史を習ったでしょ? だから地理に興味が湧いたんだ」
あっぶねぇ。地図を描いてるって、モリ爺に告白しそうになったよ。なんとなくバレている気もするけど、サイケな俺の絵がグラス地方の俯瞰地図であることは、まだ内緒にしておきたい。
「なるほど。さすがリオン様。素晴らしい向学心でいらっしゃる。地図は本来は、慎重に扱うべきものですが、リオン様は次期当主です。閲覧できるように手配いたしましょう」
それほど待つこともなく、モリ爺が同席の上で、ジャスパーと一緒に大陸地図の閲覧をすることになった。
モリ爺が地図の中央に走る亀裂を指し示す。
「大陸中央に縦に入った亀裂。これが『巨人の一撃』です。御覧の様に、グラス地方に隣接する部分はほぼ直線状ですが、南北は東側に湾曲して、海に繋がっています」
「こうして見ると、グラス地方って、かなり広いんだね」
「本当ですね。ベルファスト王国の四分の一ほどを占めています」
位置的にも、大きさ的にも、その成り立ちからしても、ひとつの国と言ってもおかしくない。
「へぇ。赤龍山脈って、こんな風になっていたんだ」
大陸中央部を縦断する赤龍山脈は、その南北端で、大陸の西側をコの字状に取り巻く山々と連なり、環状の山岳地帯を形成していた。
環状山岳地帯の外側には、沿岸にへばりつくような飛び地の様になって、幾つかの沿岸国家が存在している。
南から時計回りにリベロ王国、パニュラ王国、ムスカ首長国。そして、グルッと北に回ると、北部諸国と呼ばれる三つの国があった。
その一方で、環状山岳地帯の内側は空白になっていて地名も何も書かれていない。
「この空白部分には何があるの?」
「大陸の西側中央地域については、実はあまりよく分かっていません。ときに高品質の魔道具が市場に流れますが、この地域にある古代遺跡で発掘されたと、まことしやかに囁かれています。そのことから、かつては高度な古代文明があったと推測されています」
「売れるほど魔道具が出てくるってことは、その文明は魔術が盛んだったってこと?」
「はい。中には、今の技術では再現不可能な魔導具もあり、なぜそのような高度な文明が滅びたのかは謎とされています」
ロストテクノロジー、オーパーツの類の魔道具ね。凄く気になる。古代遺跡なんて、ワクワクするじゃないか。しかし、地図がないのは痛いな。
「市場で売っている人たちは、どうやって魔道具を手に入れているの?」
「大陸の最西端にあるムスカという小国……ここですね、の市場で発掘品が取引されており、商船で運ばれていると聞いています」
「なるほどね。赤龍山脈を越えるのではなく、船で行って交易しているのか」
「西側では国や集落の多くが沿岸部に集中していて、食料や酒などが飛ぶように売れるそうです。あくまで推測ですが、内陸部は水源に乏しく、農耕には不向きな土地なのではないのでしょうか?」
「かつてのグラス地方みたいな?」
「はい」
精霊が活性化する前は、グラス地方も不毛の地だった。
今現在は、大陸の東西の境界は赤龍山脈であり、グラス地方は、西側に出島のように出っぱっている。しかし、統一王国以前の境界は、大陸を二つに割る『巨人の一撃』だっだのだ。
数々の騒乱を経て、『巨人の一撃』の東側の領域に、人が集まり国家が作られた。
神聖ロザリオ帝国しかり、統一王国しかりで、幾つもの国が興っては消え、統一されては分裂していった。
もしルーカス卿がグラス地方に入植しなければ、この地は未だ西側の領域とされていたはずだ。
「御覧の様に、現在のリージス大陸には、大小様々な幾つもの国があります。ジャスパー、この地図を見て、どう思いましたか?」
「ベルファスト王国は大きな国で、東側が中央大森林に接しています。周囲には多くの国がありますが、中央大森林に阻まれていて、直接国境が接している国は少ないです」
なるほど国境ね。その視点は大事だな。
大陸東側の真ん中に、中央大森林と呼ばれる広大な森がある。別名「魔獣の森」。魔力を持ち、魔素を操る獣が沢山住んでいるらしい。
放っておくと数を増やして人里に害を与えるので、討伐士と呼ばれるハンターたちが常に間引いている。
「かつての中央大森林は、これほど大きくはありませんでした。そのため、中原の国々の間では争いが絶えなかったといいます」
「森林が拡大しているってこと?」
「はい。中央大森林に隣接する国は、常に森林の侵食を受けています。放っておくと、森林が際限なく拡大してしまいます。中央大森林からは日々の生活物資が少なからず供給されますが、領有権が争いの元にならないのは、その旺盛な拡張スピードが原因です」
資源であるのは確かだが管理には労力とコストがかかる。今は、うまい具合に緩衝地帯になっているわけだ。
中央大森林に直接隣接している国は五つ。
西側に幅広く隣接するのがベルファスト王国。東側に接するのはアクィラ共和国とシクレス騎士国。
北側にはオルニスト連合と呼ばれる都市国家群とノトゥス王国がある。
南側には山岳地帯があり、過去に何度も大噴火を起こしたイグニス大火山がそびえている。
山岳地帯を隔てた真南にボース王国がある。また、南東の沿岸部に張り付くように縦長のグラヴィス竜鱗国という国があり、沖合にあるマルガリ諸島は、グラヴィスに従属している。
「竜鱗国? この国名は何に由来するの?」
「この国に住む種族に由来します。普人ではなく、鱗人、あるいは竜人とよばれる幾つかの種族から成る国なのです」
鱗人。その言葉を聞いて、「東円環門」の鍵章にあった鱗状の模様が脳裏に浮かんだ。無関係とは思えない。あの門は、グラヴィス竜鱗国にあるのかも。
門を開いたことだし、ちょっと覗いてみようか?
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