20 双対


 遠出をするつもりはないが、「東の門」すなわち「東円環門」の地上部分を調べてみたいと思った。


 でもその前に、検証しなければならないことができてしまった。【門番@】の派生能力に【双対】というのが増えていたのだ。


 職業:【門番ゲートキーパー@】

 固有能力:【施錠】【開錠】【哨戒】【誰何】

 派生能力:【管理台帳】【双対】


『嚮導神 カラ 新タナ神託 ガ 下サレタ

   古キ門 ヲ 司レバ 新タナ 能力ニ 目覚メヨウ』


 あのとき羯羅波はそう言っていた。古き門を解放することで目覚めた新たな能力。それが【双対】だ。果たしてどんな能力なのか?


 一方、固有能力については、継承知識により基本的な能力を把握済みだ。


 ・【施錠】:次元の穴を門として固定する。

 ・【開錠】:管理者がいない門を管理登録する。

 ・【哨戒】:門への攻撃・無賃利用・門やその周囲で起きた変事等を通知する。

 ・【誰何】:門を通過する者を問いただす際に【多言語理解Ⅰ】が働く。


 実際に使ったことがあるのは【施錠】と【開錠】だけだ。

 【哨戒】による通知は受けたことがないし、【誰何】を使って話しかけたこともない。【多言語理解Ⅰ】は気になるけど、その確認のためだけに、お仕事中の冥界の住人を引き止めるのは気が引けた。


「さて。案ずるより産むが易し。実践第一だ。【双対】」


 能力を使うと、門を二つ指定しなければいけないことが分かった。


「なるほど。【双対】の双は門の数だったのか」


 ただ、これに関しては選ぶ余地があまりない。目の前にある「朔月門」と「繊月門」。この二つを指定――能力にセットしてみた。さて、どうなるかな。


「えっ? 何か変わった?」


 一見すると、二つの門、正確に言えば鍵章の見た目は変わらない。とりあえず潜ってみるか。


 既に準備万端。幽体離脱状態なので、まずは「朔月門」に入ってみる。


「あれ? どういうこと?」


 門を潜ったはずなのに、なぜか幽明遊廊ではなく寝室の中にいる。何が起きたか分からない。なので、もう一度「朔月門」を潜った。


「やっぱり寝室の中だ。でも……」


 身体の向きが違うんだよね。門を背にして立っていて、背後を振り返ると「繊月門」が正面にある。「朔月門」から入り「繊月門」から出てきた。これって。


 何度繰り返しても同じ結果で、それならと、「繊月門」から入ってみれば「朔月門」から出て部屋に戻ってくる。


 結論。【双対】に二つの門ABをセットすると、地上口Aー幽明境界口Aー幽明境界口Bー地上口Bと繋がり、双方向に行き来できる。


 つまり、二つの門を連結して、その間をショートカットできる能力。おそらくそういうことだと思った。


 面白い。だけど、これが何の役に立つ?


 いや、可能性なら大いにある。たまたま二つの門が同じ部屋に並んでいるから、その場で出入りしている状況になっているけど、片方の門の地上口が遠くにあったら?


 うん。遠距離移動が可能になる。但し、幽体の状態でだ。


 それに、門の新設にはキル貨がかかる。今は利用者数が多いけど、これがいつまでも続くとは思わない。


 今は開通特需というか、一時的に門の利用が多いだけだ。

 地上に溜まりまくっていた訳アリ幽魂が、あらかた回収されてしまえば、勢いはガクッと落ちるはず。


 無計画に門を作ったら、すぐに資金が枯渇してしまうことが予想できた。


 それに、移動できるといっても幽体なわけで、移動先で不安定な存在である幽体のままふらつくのは……いや、待て。待て待て。よく考えろ。


 幽明遊廊を含む幽明境界に入るには、人間である自分は幽体になる必要がある。これは既に確認済みで、覆せない基本原則だ。 


 【双対】により二つの門を連結し、地上口から入って地上口から出る。この際に、間にあるはずの幽明境界を通っているのかどうか。これが肝というか、非常に大事になる。


 もし、もしもだ。門自体が隙間なく直接連結していて、幽明境界には足を踏み入れていないのなら。


 肉体を伴ったまま門を通過できる!?


 よし、試そう。こればかりはやってみないと分からない。


 いそいそと幽体分離を解除して肉体に戻った。自ずとテンションが上がってくる。うまくいったら凄い。画期的過ぎる。


「アイ、アラネオラ、身体に異常が出そうならすぐに教えて」


《了解です》

《はい、マスター》


「うおっ!」


 幽体だとスッと入れるのに、肉体ごと突入したら妙な抵抗があった。ゼラチンを入れ過ぎたゼリーみたいな、ぶにょんとしたものに飲み込まれていく感じだ。


 一応、入ることはできたな。


 と思ったのも束の間で、すぐに壁にぶち当たった。硬いゴムマットみたいな、弾力はあるのに何も通さない。そんな強い抵抗に阻まれたのだ。


 それに、ちょっと息苦しくなってきた。呼吸できなくはないけど、浅いというか、吸えるものが少ない感じ。自分が吐いた息を、また吸っているような。


 それでも強引に突き進む。一歩二歩。気持ちだけは足を前へ前へと踏み出すが、たぶん実際には進めていない。


 けっこう頑張ったつもりだけど、呼吸の限界を感じて一時退却することにした。体感的には、カップラーメンの待ち時間未満。おそらく二分あるかないか。でも、これ以上は厳しい。


 部屋に戻って、新鮮な空気を思いっきり吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 いい考えだと思ったんだけど、そうは上手くいかないか。


「アイ、モニタリングの結果は?」


《息苦しさを気にされていたようですが、血中の酸素飽和度は許容範囲内です。ただし、吸気に含まれる酸素密度は低下し続けていました。あの時点で退却されたのは良い判断だったと思います。身体欠損や損傷などの異常は見られません》


「アラネオラ。幽体の様子はどう?」


《肉体との結合に干渉されましたが、維持可能なレベルでした》


「二人ともありがとう。最初はいけるかと思ったのに。あの抵抗ってなんだろう?」


《何かを学ぶためには、自分で体験する以上に良い方法はないと言いますが、本当ですね。大切なのは疑問を持ち続けることです》


「うん。じっくり考えてみるよ」


 肉体は門を通れない。これが絶対的なルールだったらお手上げだ。でも、もう少しトライアンドエラーを重ねてみよう。諦めるのは、その後でも遅くない。


 とりあえず思いついたのはこの三つだ。


 ・門のクラスが低いせい

 ・加護で作った自作の門は肉体を通さない

 ・今回の門の組み合わせが不適切だった


 門のクラスが低いのが原因なら、上げてしまえばいい。そう簡単にはいかないけどね。キル貨がかかるし、それ以外にも利用人数などの達成条件がありそうだから。


 自作の門や門の組み合わせについては、別の門を使って試せばいい。例えば、神様が作った門とか。


 満天彗慧には沢山の壊れた門があった。あれはいったい、いつ、誰に、何の目的で使われていたのか? それがずっと気になっていた。


 一か所にあれだけの門が集まっているなんて、まるでハブ空港みたいじゃないか。


 過去に栄えていたという古代文明。あるいはもっと前かもしれない。誰も知らない遙か昔には、人々が盛んに大陸中を行き来していたなら。


 それって、夢があるよね?






ーーーあとがきーーー

お読みいただきありがとうございます。

身内が急遽入院して手術を受けることになり、日常生活がバタバタしています。

しばらく更新が不規則になりますが、今後も連載は続ける予定なので、長い目で頂ければ幸いです。


漂鳥


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