21 月光


 日を改めて。


 深夜を過ぎた未明にパチッと目が覚めた。昨夜は、いつもより早くベッドに入ったせいか、寝起きは割とスッキリだ。


 久々の夜の課外活動。


 前回は【双対】の検証半ばで引き上げている。

 肉体を伴って門を通過できたら凄いけど、一足飛びに結果を出すのは無理そう。


 だから、先に「東円環門」を調べてみようと思った。


 「東円環門」は、地上に取り残された幽魂を回収するための門であり、お高めの料金にも拘わらず利用者数は多い。


 「東円環門」の開通以降、「朔月門」の利用は大幅に減った。その一方で、「繊月門」の利用者は、そこそこいる。


 つまり、満天彗慧に出入口がある門の方が、彼らにとっては利便性がいいってことだよね。


 その後の調べで分かったことだけど、幽明遊廊に魂の回収者らしき者が現れるのは、情念花が散ってからの黄昏化のときだけだった。あれは不定期に起こる現象な上に、そう頻繁じゃない。


 それに比べて、満天彗慧での門の利用は、地上世界の時刻に左右されるようだった。最大の利用ピークは黄昏時で、もひとつのピークは深夜二時頃。


 季節による変動はあるけど、わりと規則的なことが分かった。


 調査に当たって、ときに冥界の住人とすれ違うことがあった。その度にドキッとしたけど、これまで身の危険を感じたことはない。


 幽明境界内での活動において、嚮導神様の加護【幽遊】が、安全パスポートとして十全に機能してくれているのを実感する。


 それでも、なるべく活動時刻が被らないように気を付けてはいる。


 もし幽体分離の状態で俺が誤って回収されてしまったら、残された身体はどうなるのだろう? そんな質問を、アイとアラネオラにしてみたところ。


《データベースに先例がありません。ですから、実際にそうなってみないと分かりません。あくまで仮定としては、残された肉体と魂の器を維持できる間に限り、生物としての死を免れると考えられます》


「その場合、アイとアラネオラは、リオンとして生きていけるかもしれないってこと?」


《そうですね。しかし、あくまで仮定です。もし生き残ったとしても、半減した幽体では、寿命を全うすることは難しいでしょう》


《マスター ガ イナクナル ノハ 嫌デス》


 俺が抜けたら生き延びるかどうか分からないってことか。一心同体、死なば諸共。運命共同体として、末永く共に長生きしたいね。



 さて。。待宵をお供に、「繊月門」を通って満天彗慧へやってきた。


 辺りに人の気配はない。於爾の二人にまた会えるかな、なんてちょっと期待していたから、ちょっと残念だ。


 手首に巻かれた鎖から、彼らがくれた二つの角笛が下がっている。まるでチャームみたいに。


 こんな呼び出しアイテムを渡すくらいだから、いつもは違う場所にいるってことだよね。あのとき、ここに門を作っておいてよかった。


「じゃあ、行こう。待宵、準備はいい?」


『バウッ(おうっ)!』 


 深夜に気合を入れる子供とワンコ。夜明け前に戻りたいから先を急ごう。


 鱗模様の「東円環門」の前に立つ。大陸の南東部沿岸にあるグラヴィス竜鱗国と関係がありそうな門。


 深夜だから人に会うかどうかは分からないが、鱗人ってどんなひとたちなんだろう? 


 そして、門番がいなくなった「円環塔」が、現状どうなっているのか?


 鍵章に足を踏み入れた。


「……暗いね。それに、かなり埃っぽい」


「東円環門」の出口は、しっかりとした石造りの部屋の中にあった。


「窓も明かりもないのか」


 幽体だと夜目が利くけど、さすがに隙間から入ってくる僅かな灯りでは、ハッキリ見えない。


「長いこと人が出入りしていない感じ?」


 暗視を働かせてみると、部屋の中は無人で床に鍵章があるだけだった。酷く殺風景で、床の上に埃や砂塵が積もっている。


 門番がいなくなってから、どのくらいの時が経ったのか? 今は放棄されて、この塔自体が無人になっている可能性もありそうだ。


 部屋にひとつだけある木製のドアは、半ば朽ち掛けて蝶番に錆が浮いていた。


「ドアが閉じているけど、どうしようか?」


《素通りすれば良いのでは? そのドアであれば可能な気がします》


 やっぱり、それしかないか。


 魔素が薄い場所に限って、幽体は物質を素通りできる。以前、ちょっとだけ試してみたが、カーテンやドア、薄い壁はいけた。厚みのある岩壁や地面は通り抜け不可。このドアは魔素が抜けてスカスカだから、透過性は高いはず。


 頭をドアにぶつけるつもりで押し当てると、ピョコっと向こう側に飛び出した。右を見ても左を見ても通路になっていて、正面に上り階段がある。


 身体全体を通路に出して右手に進んだ。通路はすぐに右に折れて、少し広めのエントランスのような場所に出た。外壁に金属製の両開きの扉がある。


 この階をざっと調べてみたら、鍵章がある四角い部屋を中心に、ぐるっと通路が囲んでいるだけだった。高い位置に換気用の通風孔はあるが、外を覗けるような窓はない。


「この扉は無理だ」


 両開きの扉は、触れてみても素材自体には魔素を感じない。普通の金属だと思うのに、なぜか通り抜けできない。扉自体がよほど厚いのか、他に何か原因があるのか。


「上に昇ってみよう」


 仕方なく、外は諦めて建物内の散策に移ることにした。


 上階は中央に大きな部屋がひとつあり、上下階段を結ぶ通路があるだけの至ってシンプルな作りだった。最初の部屋があったフロアを一階とすると、二階の部屋には木のテーブルと長椅子の残骸があり、待合室のような印象を受けた。三階の部屋には崩れたベッドが並んでいて、放置されてから相当の年月が経っていることを証明していた。


 そして、四階。


「もう屋上?」


 高い塔ではなかったようで、このフロアは天井がなく物見台になっていた。床は真っ白で、少なくない雪が積もっている。


『バウゥゥゥゥーーッ!』


 獣の血が騒ぐのか、待宵が一声吠えて前に駆け出した。


 正面に冴えた月が見える。雲が流れているから風が強そうだ。暗視を切り、月明かりを浴びながら、外壁に近寄った。


「めっちゃパノラマ。360度、山と雲しか見えない」


 月光雲海。


 まさにそんな風景で、青みを帯びた灰白色の雲の海原に、暗く沈んだ山の陰影が島の様に浮かんでいる。


 なぜこんな場所に塔を作ったのか? 放棄されているのは、その存在を忘れられてしまったから?


 雄大な景色に心を動かされるけど、長居をするわけにはいかない。まだ暗い内に帰らないと。


 塔の外壁を越えて下を見下ろすと、基部が雪に埋まっていた。


 さっき正面の両開き扉を通れなかったのは、半ば以上、雪で埋もれているせいか。外の散策は雪溶け待ってから。


 じゃあまたね。


 去り際に、もう一度だけと雲の海を振り返った。





ーーーあとがきーーー


第二部第二章終了です。

次の章からは地上での活動になります。


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