18 古の門
鍵束は子供の手に余るほど大きかった。なのに、やけに手に馴染む。
「これにも@がついてる」
『継承の鍵@』。触れた指先から、この広場にある鍵章についての知識が流れ込んできた。
まず、最も大きな鍵章「混沌」。原初から存在し世界の創世に使用された。今は開かずの門になっていて、門番の管轄外になっている。
その次に大きな鍵章は四つある。「混沌」のすぐ外側に十字方向に配された「大神の門」だ。
天翔ける天空神の領域へ導く、三対六枚の翼が刻まれた「天の門」。
深潭たる海洋神への領域へ誘う「海の門」は、うねる波濤が覆っている。
大地神が住まう楽園の入口とされる「大地の門」には月鎌と炎の紋様が。
残るひとつが幽明神の領域へ招く「幽明門」で、幽明神のシンボルでもある金環が鍵章になっていた。
この四つの門は現役らしい。ただし、四大神により設置された門なので、それぞれに固有の門番がいるそうだ。顕界の門番である俺は管轄外。
そして、神々の門のさらに外側。斜め十字方向にある四つの門が「古き門」だ。幽明神と大地神の意向を汲み、嚮導神が設置した。
この「古き門」を、代々の人族の門番が管理してきたという。
広い大陸に散らばる人の魂――より正確にいえば、輪廻の正規ルートである「残響冥路」に入り損ねた訳アリの幽魂(:魂と幽体をまとめていう)を回収するための門だった。
大陸全土に散らばる幽魂を効率よく回収するために、古き門の出口は大陸の東西南北に配置されている。
その出口には、鍵章を中に納めた「円環塔」と呼ばれる鐘楼塔が建てられていて、地上での門番は塔の番人も兼ねていた。
それぞれの地域で、職神を通して【門番】が授職されていた。
ところが今現在、門番の継承は西を除く三つの門で途切れてしまっている。
その原因は人族側にあった。統一王国以前に中原を制覇した宗教国家「神聖ロザリオ帝国」が隆盛だった時代にそれは起こった。
「生命神教か。火葬は禁止するし、教義は独自解釈するしで、何なのこの国」
彼らは永遠の生命を唱え、輪廻転生を否定し、教義に反するといって領土内にある「円環塔」を破壊した。さらには、門番を異端認定して弾圧し、見つけ次第、容赦なく殺してしまったのだ。
その結果、四つの「古き門」の内、南北の二つの門から門番が消えた。
門自体は鍵章として残っているが、管理する者がいなくなり、閉じた状態が続いている。
難を逃れたのは、当時、中央大森林という自然の要害で中原と隔てられ、辺境とされていた地に存在する「東の門」と、峻険な赤龍山脈の向こうにある「西の門」だけ。
「西の門」には今なお門番がいて、現在も大陸の西側の幽魂を集めるために使われている。ところが、東側担当の「東の門」の門番が、引継ぎを行わずに寿命を迎え、東の門が閉じてしまった。
門が閉じてから少なくない時が流れて、地上には未回収の訳あり幽魂が停滞している。やっと大陸の東側に現れた門番が、俺ってわけだ。なのに。
「管理制限? そうきたかぁ」
門番一人につき門はひとつ。これがデフォルトだってさ。
俺は既に待宵作の門をひとつ管理している。だから、さらに門を増やすには、なにがしかの対価を差し出す必要があるらしい。
「でもさ、幽魂の回収って人族全員のために必要なシステムだよね? 門番という一個人が、その対価を支払うのはおかしくない?」
結構マジで、鍵束に向かって訴えてみる。
前の門番がいなくなった時点で、門は閉ざされている。その時に、拡張されていた機能は初期化されて、貯蓄されていた通行料金も全て失った状態だ。
つまり、門を開放するための対価は、俺の持ち出しだ。仕事を請け負うために金を払う? なんか理不尽な気がする。真面目に門番を務めるメリットってなんだ?
――嚮導神 カラ 新タナ神託 ガ 下サレタ
新たな神託? 今?
――古キ門 ヲ 司レバ 新タナ 能力ニ 目覚メヨウ
嚮導神様からの急なお知らせに、幽体なのに(心の)冷や汗が出てきた。
さっきの愚痴が伝わってる!? だって、そうとしか思えない。ははっ、そりゃそうか。ここってモロに嚮導神様の領域じゃないか。会話を全て聞かれていてもおかしくない。
相手は神様だ。ここは人間らしい謙虚さがいる。
「迅速に声をお聞き届け下さり、ありがとうございます。嚮導神様のご要請を謹んでお引き受けします」
これで届いた?
決して新たな能力に引かれたわけではない。元々、ちょっと愚痴ってみたかっただけで、「古き門」を引き受けるつもりはあった。
現状、東の門は閉じている。どのくらい前に閉じたのかは分からないが、そのせいで相当数の訳アリ幽魂が、未回収のまま地上に滞留していたのではないか?
そう思ったのは、管理台帳の利用者数を見たからだ。
早くも万単位だった。これは、閉鎖中の東の門の代わりに「朔月門」が幽魂の回収に使われたからだと思う。グラス地方は中原の西に接していて、人口が多いベルファスト王国に開いた門でもある。そりゃあ便利で使い倒すよね。
そして、このまま「古き門」が解放されなければ、今後もずっと俺の門が使われるわけだ。回収業者の皆さんが、既にバンバン通っているから今更ではあるが、このまま一極集中は良くない。
ただし、塔が破壊されたという南北の門は、現在の地上の様子に不安がある。従って、門番の寿命で閉じてしまったという東の門、まずはこれを開くつもりだ。
「東の『古き門』って、どれか分かる?」
――コッチダ
羯羅波と諦羅に案内されて、東の「古き門」の前に来た。鍵章の大きさは直径六十センチくらいのマンホールサイズだ。鍵章の表面には、鱗のような模様がある。
で、対価って何を要求されるのだろう?
しゃがみこんで鍵章に触れると、開放の対価を知らせるメッセージがきた。
《[東円環門]管理者権限取得金 1,000,000 クルス》
「うわっ、金かよ! そして高い!」
世知辛い。現金だった。神様が作った門のせいか、とてもお高い。百万クルスだって。
幸いにして、ギリ払える額ではある。到底実現無理だろう対価を要求されるよりは、むしろ、お金で片が付いてよかった。そう考えた。元々、濡れ手で粟で得た利益だ。
うん。必要経費だと思って、払ってしまおう!
職業:【
固有能力:【施錠】【開錠】【哨戒】【誰何】
派生能力:【管理台帳】
【管理台帳】
◆出入管理 利用者数
[朔月門]☆: 14,808 人
[東円環門]☆☆☆:0 人
◆通行基本料金
[朔月門]☆:1往復:1キル黄貨 徴収総額:14,808(1,480,800 クルス)
[東円環門]☆☆☆:1往復:1キル蒼貨 0 人
◆資金 479800 クルス
◆利用明細
交通費 1000 クルス
管理者権限取得金 1,000,000 クルス
なかなか使えるね、この管理台帳。残金が一目瞭然だ。
資金がごっそり減ったが、まだ四十万クルス以上ある。そして、また少し増えている。
幽魂の回収班の皆様、大変お疲れ様です。
「東の門」の正式名称は[東円環門]。嚮導神様作だから、初期値で門のランクを示す☆の数が多い。通行料金は門のランクに準じるから、値段も[朔月門]の十倍になっている。
門のランクの違いは、一度に通過できる質量的なものが増えるらしい。つまり、一度により沢山運べる。
見渡せば「古き門」の周囲にも、幾つもの鍵章が取り巻いていた。すっかり寂れているが、はるか昔には、この門の港が賑わっていた時代があったはずだ。
残念ながら、その辺りの詳しい事情までは引き継げなかった。いったい誰が使っていたのか? それが気になった。
「じゃあ、帰ろうか。『古き門』を開いたしね。二人と出会った場所に連れて行ってもらえたりする?」
於爾の二人に向かってそういうと、不思議な顔をされた。
――帰還用ノ 門ヲ 作レバヨイ
――ベロベロ ゴックン キニイッタカ?
門を作る? でも管理制限が……あれ? 「朔月門」と同じクラスなら、おひとつ十万ルクスで追加設置できるみたいだ。
それなら。
また資金が減ってしまうけど、この門の港を気軽に利用できるなら安い気もした。
「これも必要経費だ。待宵、門を作れそうな場所ってある? なるべく、中心に近いところで」
『バウッ!』
「うん、そこでいいよ。じゃあ待宵、お願い。俺の寝室に直通で。【裂空】!」
『バウウウ!(任せろ)』
待宵がバリッと時空に穴を開けてくれたので、新たな門を設置する。例のアレだ。シュバって感じの。黙って見ていてくれたけど、人前で……いやオニ前でやるのは、めっちゃ恥ずかしかった。
「じゃあ、二人にはお世話になりました。嚮導神様にも、くれぐれもよろしくお伝えください」
――受ケ取レ
――ナクスナヨ
「えっと、これはなに?」
別れの挨拶をしたら、二人が小さなアイテムをくれた。青と赤。共に角笛みたいな形をしている。サイズ的には、ガチャポンのカプセルに入りそうだ。
――シカルベキ時ニ 呼ベ
――リーオン マタ アオウ
どうやら【門番@】の能力に関するものらしいが、今は使えないみたいだった。二人から受け取ったら、角笛から細い鎖がシュルッと伸びてブレスレットみたいに手首に巻きついた。
「また会える日を楽しみにしてる!」
再会の言葉を交わし、彼ら二人と別れた。新たな門の名前は『繊月門』。寝室にもうひとつ門が開いた。
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