17 於爾の一族

 ――ヨクキタ 小サキ ヒトノ子ヨ

 ――ホントニ チッサイ


 えっ、凄い。言葉が通じる!?

 抑揚がなくてカタコト風に聞こえるけど、意味がはっきり分かった。


 ――我ラハ 於爾オニ 遊廊ヲ 衛ル モノ ナリ

 ――オニ ニ マカセーロ


 遊廊を衛る? ここの自警団をしてるってことかな?


 二人の肌は黒く艶やかで、イメージで言えば黒瑪瑙ブラックオニキス。漆黒に近い深い黒で、しなやかなのに硬質な印象を受けた。


 特徴的なのは耳の上部が長く尖っていて、頭に角があることだ。鍛えられた体躯から、いかにも戦闘民族って雰囲気なのに、どちらも顔面偏差値が高いせいか粗野な感じはしない。


「えっと、初めまして。リオンです。於爾さんたちは、俺に何か御用ですか?」


「ヨクキタ」という言葉は、明らかに彼らがここで俺を待っていたことを示す。そして、歓迎されているように聞こえた。


 ――新タナ 門番ガ 生マレタ ト 聞イタ

 ――ソレガ オマエダ

 ――我ラ ハ 先導ヲ スル役目

 ――リーオン オボエタゾ


 俺が門番だと知っていて、どこかに案内してくれる。

 そういうので、詳しく話を聞いてみることにした。


 彼ら二人のうち、より流暢な方の名前が羯羅波カラハ

 背が高く、少し緑がかった青髪に、より青みが強い虹彩と角が特徴だ。


 そして、言葉が少し拙い方が諦羅タイラ

 髪は鮮やかな朱色をしていて、虹彩と角は琥珀色に近い濃い金色。少年のような姿をしている。


 最初の自己紹介の通り、彼らは於爾という幽明遊廊の治安を守る一族であり、顕界への出入口を管理する門番とは、代々協力し合ってきた関係だそうだ。


 ところが、人の世で幾度も騒乱が起こり、多くの門が閉鎖され門番の数も激減してしまった。しばらくその状態で時が過ぎたが、唐突に嚮導神から神託が下された。


「どんな神託だったのですか?」


 ――ヒトリデ 複数ノ 門ヲ 司ル 新タナ 門番 ガ 現レタ

 ――ソレガ リーオン ダ


 神託には、新しい門番を既存の門がある場所に案内するようにという指示もあったらしい。わざわざこんな手配をしてくれるなんて、嚮導神って親切な神様なのかな?


 羯羅波が乗り物を呼ぶと言って呪文めいた言葉を唱えた。すると、目の前で青い光が渦を巻き、その中心から巨大な生物がノソノソと這い出てきた。


「こ、これに乗るの?」


 色も大きさも装甲車。でも。鰐なんだ。ちょっと、いやかなりバランスがおかしい頭でっかちな鰐。迷彩柄で凶悪面の大型爬虫類。


 ――古キ門 ハ 少シ 遠イ

 ――エンリョ スルナ


 ひょいっと諦羅に抱えあげられて、なぜか鰐の正面に向かった。


「背中に乗るんじゃないの?」


 待宵が羯羅波に続いてピョンと鰐の背に飛び乗ったので、てっきり俺もそこかと思ったのに。


 ――オマエ ダメ オチル


「じゃあ、どこに乗るの?」


 ――アギト ノ ナカ


 へ? アギトって顎だよね? つまり口の中!? 嘘でしょ!?


 巨大鰐が、長く大きな顎をクパーッと開いた。目の前に、先が尖った凶悪な歯が剣山のように並んでいる。


「鋭い歯があんなに! 怪我しちゃうよ」


 ――コワクナイ コワクナイ チビッコ カカエル ダイジョーブネ


 諦羅は俺を腕の中に抱えたまま、滑らかな挙動で歯を飛び越え、鰐の口の中に乗り込んだ。上には口蓋、下にはベロ。


 幽体のせいか生臭ささは感じない。だけど、なぜか生温くじっとりしている感じがした。


 巨大な顎が静かに閉じると真っ暗になった。


 ――ツカマレ スコシ ユレル


 その言葉通り、すぐに軽い衝撃がきて身体が斜めに傾いた。飛行機が離陸するのに似た加速感。


「もしかして空を飛ぶの?」


 ――ソラハ バク ムシャムシャ トテモ キケン


 バクって……あっ「空獏の饗膳」か。上空の霞には、やっぱりヤバいやつがいた。

 もう少し話を聞いてみると、空を飛ぶのではなく、地面の少し上を滑るように進んでいくらしい。


 墜落する心配がないのはいいが、困ったことに鰐の口の中で身動きできない。


 ――ウゴック ト ノマレール ネ


 そして、鰐を刺激したら喉にゴックンされると聞いて、とにかくじっとしていた。


 ――着イタ 降リロ


 不意に光が差し込んで、口腔内が明るくなった。


 少し遠いといっていたけど、体感時間はそれほど長くない。腕から降ろしてもらい、自分の脚で地面に降り立った。


 花はもちろん植物は見当たらない。地面には淡く発光する石畳が敷かれていた。敷石の模様をよく見ると、梵字や象形文字に似た紋様が散見される。


 また、空を見上げれば、長い尾を引く流星のような光の筋がひっきりなしに流れていた。


「ここは?」


 ――満天彗慧マンテンスイケイ アマネク世界ヘノ 門 ガ 集ウ


 今いる場所は、滑走路のような幅広い道だ。

 そして道の先に、明るく広がる空間が見えている。おそらくあっちがメインで、ここは俺たちみたいに門を目的として来る者の、発着場のような場所な気がきた。


 ――行コウ


 鰐をその場において先に進むと、円形の広場に着いた。


 広場の直径はおそらく百メートルくらい。円の外周には等間隔で煌々と光る珠が浮いている。そのため、この場所全体が明るく照らされていて、野球場のナイターみたいだと思った。


 広場の中心に向かう。歩きながら観察すると、床は同心円状に区切られていて、その間に色や大きさが異なる幾つもの鍵章が埋め込まれているのに気づいた。


「門の港。ハブ空港みたいな場所っぽいね」


 ただ、目についた鍵章は割れたり表面の彫刻が崩れていたりして、機能しているようには見えない。門の墓場。そんな言葉が頭に浮かぶ。


 どう見てもさびれてる。放棄された門なのかな? 随分と数が多いけど。


 すぐに広場の中心にあたる場所まで辿り着いた。床に大きな円盤が埋め込まれている。


 表面に抽象的な渦模様が刻まれた直径が三メートルくらいある円盤。これも鍵章なのか。


 でも見ただけで分かった。これは俺の手には負えない、なにか特別な門だ。


「この門は?」


 ――「混沌」ニ 通ジル門


「混沌とは?」


 ――此ノ世ノ全テ ソウ聞イテイル


 創世神話的なアレかな? とりあえず今は触らないでおこう。


 これ以外にも気になる門がある。「混沌」を取り巻くように、直径一メートルほどの鍵章が十字方向に四つ。


 さらにその外側に、もうひと回り小さな鍵章が四つ見えている。

 鍵章は円の中心に近いものは大きく、外側に向かうにつれてサイズが小さくなっていくように見えた。


 だいたいの広場の様子を掴んだとき、タイミングを見計らったように、目の前に鍵束が現れた。鍵束がプカプカと宙に浮かんでいるのだ。


 ――受ケ取レ 門番 ノ 継承ノ鍵 ダ 


 鍵束か。説明が全然足りないけど、彼らも詳細は知らないらしい。


 恐る恐る手を伸ばし、鍵束を手に掴んだ。

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