55 死者の国の騎士団

 俺が英雄の器かどうかは一旦横に置いておいて、『世界の破滅と再生』について書かれているという古書の内容が気になった。


『この世界は一度滅び、再生を果たした。だが、また滅びへの道を辿ろうとしている』


「先生、質問してもいいですか? かつて世界が滅んだ原因ってなんですか?」


「ああ、そこは疑問に思うよね。最初の世界は人々が禁忌を犯したせいで神々の怒りに触れた。つまり、神々に断罪されたんだ」


「そこまで神々を怒らせる禁忌って……?」


「僕の立場では神託の書の概要しか知ることができないが、その記載の後に人々の驕りを戒める言葉があるそうだから、よほど身の程知らずのことをしたのだろうね」


「驕り……ですか」


 一度滅んだ世界。そう聞いて思い浮かぶのは、大陸の西側にある古代遺跡だ。


 あの場所にはかつて魔人たちの文明があった。今現在の東側のそれを遙かにしのぐほど高度なものが。


 魔人の技術は、少なくとも神々のシステムに干渉し、門を改造してしまう域にまで達していた。それなら、自分たちを世界の支配者だと錯覚してしまってもおかしくない。


 西の門番であるクストスさんによれば、魔人は『断罪の刻』と呼ばれる異変で滅亡したという。そして、魔人がいなくなった後、並人が中心となって築きあげたのが今の世界だ。


 ……ああ、そうか。そういうことか。


 ここは「魔法の理」を根幹とする世界で、誰もが魔力を持ち、魔素を必要としている。なのに、精霊の力を借りなければいけないほど転化能力が低い。


 そんな風に酷くアンバランスな状態になったのは、おそらく本来の人類――転化を担うべき存在として生み出された魔人が滅亡したからだ。


 今の人類も魔術は使えるが、とても自由自在とは言えない。転化や「理」を獲得するには研鑽が必要で、それも魔術師という限られた職業の人に限られる。


 魔人が犯した罪により、二度目の世界で人類は魔術に関する枷を嵌められた。そして、精霊の力を借りて上手く再生を果たしていたはずなのに。


『再生は同源によりもたらされ、破滅もまた同源によりもたらされる』


 今度はその精霊が原因で滅ぶだって? いったい何が起きるんだよ!


 それに英雄の器だって。


『大陸に大いなる災厄が降りかかるとき、魔を見通す者現れり。救世を求める者よ。かの英雄の器を助けよ』


 それがもし本当に俺のことを指し示しているなら。俺が動かなきゃ世界は危ないってことになる。


 滅亡の未来が精霊によるものなら、なんとかしなきゃ。だって、俺以上に彼らと対話できる者がいるとは思えないから。


「リオン? 覚悟は決まった?」


「ええ、決まりました。王都から退去するのは、やるべきことをやった後です。このまま何もせず尻尾を巻いて逃げ出すつもりはありません」


「……どうやら、意志は固いみたいだね。やるべきことってなに? 僕が協力できることならいくらでも手を貸すよ」


「最終目的は呪器に囚われた精霊を助け出すことですが……そこに辿りつくまでには、目の前の邪魔なものをひとつひとつ片付けていかないとダメかも」


「精霊が呪器に? それは確かなのかい?」


「ええ。風の精霊たちが教えてくれました。ここ王都に、囚われた精霊がいるって。犯人は王都を呪素塗れにして、魔虫を仕掛けたのと同じ一味だと思うので、奴らの企みをできるだけ潰すつもりです」


「そう言い切るからには、君は既にその対抗手段を持っていると考えていいのかい?」


「はい。事前に準備が必要なものもありますが、やれるはずです。先生にはその間、この屋敷の防御をお願いしてもいいですか?」


「もちろん、喜んで引き受けよう。君を助けるのが僕の使命だからね」


§ § §


 アイ、前に言ってたよね。呪素は、通常の転化とは異なった特殊な構造変換で生み出される変異系の魔素だって。


《はい。呪素は極質から作られます》


 だったらさ、呪素から毒みたいなものを抜いて、もう一度構造変換することってできる?


《理論上は可能です。ですが、この世界にその仕組みは存在しません》


 なぜないの?


《呪素は構造的に不安定であり、魔素とは比較にならないほど総量が少ないです。ですから、大気に拡散して時間が経過すれば、自ずと分解してしまいます》


 なるほど、魔素より壊れやすいんだ?


《はい。元々ある世界の仕組みに、手を加えて生み出されたものですから》


 じゃあ、構造を再変換するより、分解してしまう方が簡単かな?


《そうですね。より小さく断片化する――これもある意味転化ですが、成功すれば呪素は世界に還元されるはずです》


 その仕組みを作って欲しい。空気中に浮遊する呪素を集めて、無効化したいから。


《もちろん、マスターのご希望とあれば……》


《マスター! マスター、マスター!》


 なに? アラネオラ。


《あの、マスター……》


《最近、妹たちばかり指名されて活躍しているので、アラネオラもマスターから依頼を受けて、マスターのために働きたいそうです》


 あっ、なるほど、そういうことね。じゃあ、アラネオラにお願いだ。呪素を無効化する機構を、俺のために作ってくれる?


《はい、マスター》


 頼りにしてる。任せたからね!


 ……よし! この件は、これで大丈夫。機構が完成すれば、呪素に汚染された王都の空気を正常化できるはずだ。


 書き出したチェックリスのひとつに印を入れる。残りは三つだ。

 ・魔虫の駆除

 ・呪素を撒き散らす元凶を退治する。

 ・呪器を探し出し風の精霊フラトゥスを解放する。


 王都から引き上げる前に全部済ませるつもりだ。不幸中の幸いというか、元々王都にきた目的は既に吹っ飛んでいる。


 王城があんなことになって、公務を司るべき王政庁も今は無人だ。情報が錯綜していて、肝心の大法官がどこにいるのかも分からない。


 王城に隣接した献神教会は、呪術を阻む結界的なものでもあるのか、魔虫の被害は及んでない。

 しかし、一体の魔虫が貴族区の外壁を越えて市街地を襲った。それを契機にして、石化の被害者や保護を求める人々が教会に詰めかけ、酷く混乱していると聞く。


 王都に居合わせた討伐士が、なんとかその個体は倒したそうだが、元々ここ王都には討伐士の数が少なく、彼ら自身にも石化の被害者が出てしまった。

 市中にも自警団はいるが、彼らは対人トラブル専門であり、魔虫との戦闘経験がない。


 だから、一刻でも早く魔虫を退治するために、周囲の猛反対を押しとどめ、俺自身が出向かざるを得なかった。まあ、実際に魔虫を倒すのはスカラなんだけどね。


「来た! 冥廻馬車だ、冥廻馬車が来たぞ!」


「助かる、これで俺たちは助かる!」


 そう。俺単身での外出許可が出るわけもなく、キリアム家の護衛騎士団を引き連れて行くわけだ。

 魔虫が暴れる現場に颯爽と現れ、何らかの方法で倒しては、何も告げずに去って行くキリアム家の一行は、すぐに人々の噂になった。


「ねえ、冥廻馬車って何?」


「なんでも、戦場で死者の魂を集めて回り、冥界に連れていく馬車だとか。悪い意味で使われているわけではなさそうです」


 紋章なしのお忍び用の馬車に乗り、騎士たちにも家を特定できるような紋章は外してもらっていた。しかし、いかんせん鎧馬が目立ち過ぎる。


 また、王都は人口が多く、様々な職業由来の能力を持つ人がいて、中には落下傘部隊のエフェクトを『視る』ことができる人もいたらしい。


 死者の国の騎士団。


 キリアム家の一行がそう呼ばれる頃には、全ての魔虫の駆除が終わっていた。



――あとがき――

サブタイトルを何にしようか悩みましたが、暫定これにしました。

ここにきてやっと世界設定の一部を書けた。


書籍二巻発売まで一週間を切りました。売れるといいなぁ(切実です)。

オリジナル設定をかなりぶっこんだので、WEB版の読者様でも楽しんで頂けるのではないでしょうか。

WEB版にいたのに書籍で消えたキャラ(プリンス編集によるリストラ)もいれば、WEB版では登場していなかったのに書籍では目立つ動きをするキャラ(プリンス編集す推し)もいて、エピソード盛り盛りでかなり賑やか。

お楽しみ頂けたら嬉しいです!


漂鳥



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