54 魔を見通す者

 バルトロメウス先生は、今まで見たことがないほど真剣な表情をしていた。少し話す時間が欲しいという申し出を断るのを躊躇うほどに。


「少し休憩の時間を取りました。先生、大事な話ってなんでしょう?」


「単刀直入に言うよ。リオン、君は何者だい?」


「何者……と問われても。ご覧の通り、まだ子供です。精霊との盟約持ち。あとは先生もご存じのように魔術を使えるとしか」


「今までは、知り合ってすぐにしつこく詮索すべきではないと自重していたが、僕が知りたいのはそれ以外の君の能力についてだ。具体的に言うと、王都へ来る途中に襲ってきた賊を攻撃した手段や、この屋敷の庭に仕掛けられていた呪術を破壊した方法についてだね」


 襲撃の後に質問されたときは誤魔化した。あのときは納得がいかない顔をしつつも、先生は追求せずに引いてくれた。なのに、ここで改めて護連星スカラについて尋ねてくる理由ってなんだろう?


「なぜそれを今、問われるのですか?」


「確証が欲しいからだよ。リオン、君が我々の待ち望んでいた存在なのか、あるいは違うのか」


 んん? なんの確証だ?


「話が全く見えてこないのですが?」


「時間がないから端折って言うと、テグラ王国の王家に伝わる古書があってね。記されている内容は『世界の破滅と再生』についてなんだ」


 なんだそれは。異世界版ノストラダムスの大予言みたいなのが出てきたぞ。


「いわゆる終末論的なものですか?」


「いや。我々は神託の書として扱っている。その本は未完成で白紙の頁が沢山あり、ときに記述が追加される。神々から愚かな人間たちへ下される警告という形でね。それによると、この世界は一度滅び、再生を果たした。だが、また滅びへの道を辿ろうとしている」


「それは穏やかではありませんね」


「ただし、警告であって確定した未来ではない。いかようにも変えうるものだ」


「じゃあ、まだ助かる道は残されているんですね」


「ああ。といっても、それが判明したのは比較的最近でね。長年、その古書の最後の頁には『再生は同源によりもたらされ、破滅もまた同源によりもたらされる』と書いてあった。ところが八年前、新たな記述が追加されんだ。未来に希望を見出せるような文章がね」


「……八年前ですか」


 俺が生まれる前年じゃないか。それまでは世界は滅ぶと予測されていたってこと!? この世界ヤバすぎ。


「そう。『大陸に大いなる災厄が降りかかるとき、魔を見通す者現れり。救世を求める者よ。かの英雄の器を助けよ』とね。だから我々は、ずっとその英雄の器を探していた。そして、見つけた……リオン、君だよ」


「なにを根拠にそう思われたのですか?」


「英雄の器の条件は『魔を見通す者』だ。君は魔眼を持っている。そして、再生と破滅に関わるとされる同源――精霊と深く関わりを持っている」


「魔眼なら、先生の妹さんもお持ちですよね?」


「そうだね。実は妹も一時期『英雄の器』の候補だった。あんな書が伝わっているくらいだ。英雄はテグラ王国の主要な家々の中から出るものだと思い込んでいた人もいたからね。だけど、妹は僕の五つ下だから二十二歳で年齢が合わない。八年前に記述が追加されるなんて、遅すぎると思わない?」


「他にも魔眼主がいるかもしれませんよ」


「探せばいるかもしれないね。だけど、まだ見つかってはいないし、現時点で最も可能性が高い候補者は君だ。そして、魔眼や盟約だけでなく、君は呪術を打ち破る力を持っている。さらには、呪術で修飾された石化を癒す力まで。それが僕には、神々から英雄に与えられた特別な力に思えてならない」


 俺が英雄の器かどうはともかく、転生職がこの世界の上位存在から与えられた点は間違ってはいない。だからと言って、英雄に祭り上げられるのは困る。


「テグラ王国の方々は、英雄の器をどうするつもりなんですか?」


「もちろん助ける。英雄の器が真の英雄に育つようにね。なにしろ君には敵が多いし、これからもっと増えそうだから」


「心当たりはなくもないですが、多いと言うほどではないのでは?」


「いや、周りは敵だらけだと思った方がいいよ。精霊は豊穣をもたらす。グラス地方に住む人たちにとっては、君は生き神みたいな存在だ。誰も君を害そうだなんて思わないだろう。だけど、自分に幸運や富が回ってこないのは、富を不当に独占している者がいるせいだと考える者で世の中は溢れている」


「グラス地方が豊かなのは確かですが、他の地域の富を奪っているわけではないのに」


「なかでも北部諸国の精霊排斥派には注意が必要だ。『再生は同源によりもたらされ、破滅もまた同源によりもたらされる』という記述は、北部諸国が三つの国に分裂する前からあった。つまり、テグラ以外の他の二国にも知られている」


「つまり、テグラ以外の魔術師がキリアムの敵に回るってことですか?」


「そうなるね。ただし、精霊排斥派も一枚岩ではないし、彼らへの対処は我々が請け負える部分がある。問題は王都のこの危険すぎる状況だ。これが英雄が対決すべきものに連なっているとしても、さすがに君はまだ幼すぎる。今すぐにでも脱出すべきだ。我々は未来の英雄を失うわけにはいかないのだから」



――あとがき――【3/25】 代償θ二巻発売されます!

いやあ、この回は方向性が決まらなくて随分と時間がかかりました。

ウェブ版独自の回になります。

実は書籍二巻は既に刷り上がっていて、店頭に並ぶ日を待つばかり。

書籍二巻で序盤から大きな改稿を入れることになり、プロットを作り直して、なおかつ先に書籍を最後まで書き上げてからのWEBエピソード執筆という逆転した順番になってしまいました。

従って、一旦頭をリセットするまで時間がかかった上、書くのが難しかったです。

私生活が慌ただしかったこともあって、気づけば今日は3/17……約一週間後には二巻が発売されることに気づいて大慌てです(汗)。


書籍二巻にはまたもや転生者のクラスメイトが登場(今度は誰?)!  巻末のQRコードから書き下ろしSSとあとがき(文字数的に書籍内には入らなかった)が読めます! 書籍代償θもよろしくお願いいたしますm(__)m

 漂鳥

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