53 隠れた意図

「とりあえず一体は見つけた。おそらく噴水にいたのと同じ種類の魔虫だと思う。ただし、卵から孵った成虫の姿だ。見た目は黒くて巨大な百足で、まずいことに口から例の緑色の煙を大量に吐き続けている」


「あの厄介な石化の煙をですか!?」


「そうだね。魔虫のいる場所は屋敷に案外近い。風が薙いでいる内はいいけど、風向き次第で煙がこの屋敷に流れてくる可能性は十分にある」


「なんと! それは誠ですか!?」


 ヤバい煙の情報を聞いて、集まった面々に少なくない動揺が走った。


「うん。差し迫った問題ではあるけど、慌てなくていい。皆に風幕の魔道具は行き渡っているよね? あれがある程度石化を防いでくれるはず。だから、注意喚起と実際に石化被害が出ていないかどうかを、外出の有無にかかわらず全員に確認してくれる? くれぐれも軽微な症状を見逃さないで」


「承知しました。すぐに確認をいたします」


 とにかく時間が惜しい。……待てよ。バラバラに確認して回るより、全員を集めてしまった方が早いか?


「連絡漏れがあってはマズイから、周知を徹底するために、一旦、人員を一箇所に集めてみて」


 俺の指示を受けて大人たちが動き出した。


 順次上がってきた報告によれば、屋外を警邏していた人員の中に、石化症状が出ている者が数名見つかったらしい。幸いにも軽傷で、彼らはすぐに治療室行きとなった。


「被害者は全員、王都邸詰めの人員です」


「グラスブリッジからの随行員には、全く被害は出ていないの?」


「はい。無事を確認しております」


 一斉調査の結果、王都邸詰め・グラスブリッジからの随行員のどちらのグループにも、風幕の魔道具をうっかり外していた者がいた。なのに、被害が出たのは王都詰めの者だけだという。


 あの煙を浴びた、あるいは吸い込んだからといって、全員が石化するわけではないのか?


 王都に長く滞在していた者だけに被害が生じているとなると……呪素への曝露期間が重要な因子なのか?


「父上と母上、ロニーとエリザは?」


 俺の家族も王都住まい組だから、もし推測が合っていれば石化のハイリスクグループにあたる。


「皆様それぞれのお部屋で待機なさっていますが、今のところ、異常を訴えられておりません」


 よかった。今のところはセーフみたいだ。ただ弟妹は身体が小さいし、大人より緑煙を吸った影響を受けやすいかもしれない。


「分かった。もし何かあったら、夜中でも構わないので、すぐに知らせて」


「畏まりました」


 家族にはここまま居室で大人しくしていてもらおう。万一石化症状が出たら、すぐに対処できるように。


 本来であれば当主である父親がこういった采配をするべきだろうが、ぶっちゃけこの緊急事態に、あの人が正しい判断をできるとは思えない。今は母親の監視をしてくれるだけで十分だ。


 今回の異変への対応のために、屋敷の公務スペースにある一室に対策本部を設置することにした。


 その部屋の中央にある広いテーブルに画用紙を並べ、俺はせっせと手を動かして写し絵に励んでいる。

 全体の被害状況を把握するためには地図が要る。魔虫の居所を把握し、皆で情報を共有するためにも、ひと目で分かる形にしたかった。


「……できた。時間がないから、大まかな区画割りと街路しか描き込めなかったけど、使えるかな?」


「十分です。これほど短時間で地図を作ってしまわれるとは。しかも、王城の内部まで描かれている。驚きに値します」


 既存の地図があれば話は早かったのだが、王城やその周辺の貴族区の地図は機密扱いになっている。

 入手が難しいなら描いてしまえばいいと、ルシオラのマッピング機能を利用して簡易な街路図を作成した。


 描いたそばからフェーンが乾かしてもらい、その一方で目印用として屋敷中からボードゲームの駒を集めてもらった。


「駒を魔虫の推定発生個所に順次置いていくね」


 魔虫を目撃地点の周辺には、移動によりできたと思われるミミズが這ったような跡があった。そして、その起点を辿ると、どれも噴水に行き当たる。


 これが意味することは明白で、うちの噴水にあったのと同様の仕掛けが、他の貴族家にもなされていたってことだ。


 偵察している間は貴族区各所に散らばっているように思えた魔虫の発生場所。しかし、改めて地図上にマーキングしてみると、今回の攻撃目標がなんなのかが透けて見える気がした。


「……これではまるで、献神教会を囲むようですね」


 円を描くように、駒はどれも献神教会から一定の距離をあけた場所に置かれている。


「うん。どうみても計算された配置だよね。だから、ここも例外じゃないんだ」


 駒をもうひとつ手に取り、教会に隣接する王城の上に置いた。


「王城にも魔虫が? しかし、王城からは何の連絡もありませんが」


「おそらく連絡したくてもできない。実は他のどの場所よりも王城の石化被害が大きかった。生まれた魔虫の個体数が多かったのかな? 庭園には緑煙が充満していて、建物の中にまで緑煙が吹き込み、かなりの石化被害が出ている」


 まだ宵の口だったせいか、王城内で開催されていた舞踏会や社交に集う人々が、軒並み石化していた。それも身体の一部分だけの石化ではなく、全身に及ぶような。


 あれでは石化を解いたとしても、生きているかどうか……おそらく絶望的で、給仕や警備する者も含めて全滅の可能性もある。


「つまり、王城からの救援は当てにできないと?」


「そうなるね。従って、キリアム家は独力でこの厳しい局面を乗り越えねばならない。早急に王都から離脱する準備を始めて欲しい。ただし、王城は現時点では最大危険区域だから、誰も近づかないようにして」


 王城内は本当に酷い有様で、まるで時が止まったかのような光景だった。


 驚き慌てふためく姿や優雅に踊る姿のまま石化している者もいて、相当な速さで緑煙が侵襲したことが推測できる。


「今後そこまで……王都から退避せざるを得ないほど、悪い状況になるのですか?」


「おそらくは。ここまで用意周到に罠を仕掛けてきたからには、石化だけで終わるとは思えない。混乱に乗じて、更に何か仕掛けてくる可能性が高い」


 おそらくは大規模な呪術だ。そう考えるに至るには、もちろん根拠があった。


「ねえ、ここになにがあるか知ってる?」


 ずっと気になっていた王城の敷地の一画をピンポイントで指し示す。


「ここは……おそらく離宮でしょう。生前に譲位した元王族が住まう王族の私的な住居にあたります」


 そこに大きな呪素溜まりができている。緑煙に阻まれて詳細は不明だが、怪しいなんてものじゃない。


 呪術を行うには呪素が必要だ。あれほど大量の呪素を用意したのなら、それに見合う規模の呪術を行使するつもりに違いない。


 キリアム家の噴水にあった仕掛けは壊した。だけど、こうして地図にして眺めてみると、数多く布石された内のひとつに過ぎないことが分かる。

 少し欠けただけで、果たして呪術の行使が止まるかどうか。敵の最終的な狙いが定かでない以上、屋敷の人々を王都から逃がす準備はしておくべきだ。


「お待ちください! 現在は大事な会議中です」


 あれ? 誰かきた。


「そう聞いたから待っていたけど、あの子はずっと部屋から出てこないじゃないか。大事な話があるんだ。少しばかり時間をもらえないか?」


 バルトロメウス先生? そういえば、王都邸に着いてから姿を見かけていない。でも、こんなときに何の用だ?







――あとがき――

今日、お台場でユニコーンガンダムを見てきました。

でっかい。そして作り込みがヤバい。これが外連味ってやつかぁ。


質問:代償θ二巻 表紙にいる女の子は誰でしょう?

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