第五章 チヲマキカゼキタッテタチマチフキサンズ

52 石の都

 ご無沙汰しております。第二部の更新を再開いたします。

【直近の簡単なあらすじ】

 キリアム家の後継者になるための手続きのために、王都に呼び出されたリオン。

 旅の途中で襲撃を撃退し、王都の手前にある街でフェーンが不穏な風を感じたことがきっかけになり、街に留まって魔道具作りに励むことになった。

 王都のキリアム邸へ到着後に屋敷内を調べ、庭の噴水に石化する煙を吐く魔虫の卵があるのを見つけて破壊する。

 リオンの振る舞いを母親であるシャーロットが咎めるが、隠れ潜んでいた怪しい女にリオンが織神の加護を持つことを言い当てられ逃げられてしまった。

 スピニング伯爵家から招待され織神神殿を訪問すると、中庭に幽明幽廊にあるはずの情念花が咲いていた。

 叔母であるアメーリアに加護の有無を探られるが、誤魔化して王都邸に戻ると、地下墓所で遺骸を苗床にした禁術が使われている過去の夢を見た。それを検証する間もなく、貴族区に魔物が現れたという報告が届く。

―――――――――――――――――


 街中、それも貴族区に突如として魔物が出現した。それも大型の。

 そんなサイズの魔物が自然発生するなんておかしいから、邪な意図を持つ誰かの仕業のはずだ。


「どんな種類の魔物なの?」


「偵察に出た者によれば、体躯が長く、足が無数に生えた虫型の魔物だそうです」


 ……ここでも虫か。このところ、ご縁があり過ぎる。


 多足の虫といえば、西円環塔で退治した小百足がそうだ。でもあれは、数こそ多かったが攻撃を仕掛けてくることはなく、逃げ出そうとしていた。


「大型の魔物が暴れているなら、被害も大きいの?」


「はい。巨体ゆえに動きは鈍いそうですが、甲殻が硬いため、移動に伴い周辺の建造物が破壊されるそうです」


 ぶつかるだけで建物が壊れるなんて、大型重機みたいだな。


「そんなに大きくて頑丈なんだ?」


「はい。成人男性が見上げるほどに大きく、更には口から大量の緑色の煙を吐き、それを浴びた者は次々と倒れるか、彫像のように動かなくなっているようです」


「それって、きっと屋敷の噴水で発生したのと同じ煙だよね?」


「おそらく。もしあのまま噴水の異常に気付かなければ、当家やこの周辺も同じ状況になっていたのかもしれません」


 アイが言っていた。噴水にあった丸い石は、呪術により巨大化した魔虫の卵だって。それも、孵化するのは時間の問題だったと。


 あの仕掛けは、てっきりキリアム家をターゲットにしたものだと考えていたけど……もし違うとすれば、目的はなんだ?

 あえてこの地区を狙ったとすれば、テロやクーデター、重要人物の殺害とか?


 なにしろ、あの石化能力は厄介だ。呪術により変異したものだから、通常の石化治療薬では効果がない。


 あんなので行政機関が攻撃されたら、事態の収拾がつかなくなる。


「被害者は? この屋敷にも石化の被害は及んでいるの?」


「魔虫を確認しに現場へ向かわせた数名に、石化症状らしきものが出ています」


「その人たちは、配布した風の魔道具を身につけていたんだよね?」


「それが……グラスブリッジからの随行員は全員が装備していましたが、王都邸詰めの人員の中に、主家から拝領した高価な装飾品ということで大事にしまい込んでいた者がおりました。指導が十分に行き届かず、ご配慮を無駄にしてしまい、大変申し訳ありません」


「そういうことなら、再度全員に装備するように念を押した方がいいね。とりあえず、すぐに治療薬を作るよ。モリスを呼んできてくれる?」


 モリ爺が水晶鉢などの治療薬作製道具を携えて部屋にやって来たので、補助してもらいながら治療薬を作り出した。


「リオン様。当面はこれで足りると思います。患者への投与は医師の判断でよろしいでしょうか?」


「うん、任せた。治療薬の予備は後で作るとして、先に複数体いるという魔虫の居場所を確認したい。だけど、皆は外に出ないで。被害が広がると困るから」


「そのように周知いたします」


「モリス。これから特殊な方法で周囲の偵察をする。非常事態だからね。何を見聞きしても驚かないでね」


 モリ爺にそう告げながら、自分の髪に手で触れ、髪の一房を軽く握りしめた。


 そして手を開くと、掌の上に可愛らしい小鳥が乗っていた。擬態したルシオラだ。


「モリス。偵察はこの子に頼むことにする。外に出られるくらいに窓を開けて」

 

 窓に隙間が開いた途端、外の喧騒が大きく聴こえてきた。


 首を傾げて指示を待つ小鳥ルシオラ に、顔を近づけて囁いた。


「石化の煙が心配だから、地上には近づかないで。危険回避優先で、くれぐれも気をつけてね」


 ルシオラが翼を広げて飛び立った。目を閉じて、上空から俯瞰した王都の様子を観察する。


 一番の目印になるのは高い尖塔が建つ生命教会と、隣接する王城の広大な敷地だ。

 そこが貴族区の中心で、教会や王城から離れるほど、貴族家の屋敷は小さくなり密集する傾向にある。


 騒ぎはいずれも、貴族区の中心部で起きているのか。


 街路を伝令と思われる騎馬が走り、人が右往左往している姿が視界に映る。さて、魔虫はどこだ?


 ……あった! 破壊の跡だ。


 うちと似たようなデザインの庭園に、ミミズが這ったような跡がある。その跡を辿っていくと、大きな屋敷の一部から火の手が上がっているのが見えた。


 大型の魔物なら、この距離でも目視できるんじゃないかな?

 目を凝らして魔物の姿を探す。すると、まだ無事に見えた屋敷の一画が突然崩落し、瓦礫の隙間から濃い緑色の煙が噴き出した。


 緑煙の発生源はどこにいる?

 放っておくとヤバいじゃ済まないことになる……あっ。いた!


 黒々とした影が瓦礫を跳ね除け、口と思われる箇所から大量の煙を吐き出した。


 見えている身体の一部から推測すると、大きさは少なくとも列車二両分くらいある。あんなのが貴族区に何体もいるなんて。


 ここで軽く閉じていた目を開けた。人の気配が増えたことは気づいていたが、部屋の中にはモリ爺やハワードだけでなく、この屋敷を差配する主要な人員が顔を揃えていた。


 その全員が息を詰め、俺が口を開くのを今か今かと待っていた。



――お知らせ――

代償θ書籍2巻が発売されます。カバー、挿絵などのイラストは1巻に引き続きbob様です。

書籍とWEBで一部登場人物が異なり、その影響でエピソードが追加だらけになったので、楽しんでいただけるのではないかと思います。。続報は近日またお知らせいたします。

引き続き代償θをよろしくお願い申し上げます。


漂鳥

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